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(仮)トレンディ電子文 第39回:映画「ブラック・レイン」

 89年のハリウッド大作「ブラック・レイン」。アクション映画というのはまあほとんど観ないのだけど、「午前10時の映画祭」(と言っても9時上映だった)で珍しくかかるという事で劇場に足を運んだ。物語自体は自分が思う当時の"アメリカ的"の範疇を出ない、マッチョなキャラクターのポリスメンたちがその魅力を衒いなく画面に映す白人映画だが、撮影はトレンディ期ど真ん中の1988年大阪、更に日本人マフィア(ヤクザ)役として松田優作を筆頭とした「ユーヤさん系」アウトロー陣が、潜入の手助けをするバディの日本人警官役にはあの高倉健が配置されている。トレンディ期日本映画のスターたちがハリウッドにどう組み込まれているかは(おそらく公開時から)大きなトピックとなっており、またリドリー・スコット作品が特段好き…というわけでもないのだが、時系列的には"Vaporwaveクラシック"「ブレードランナー」の次作でもあるわけで、トレンディ期の日本を、ハリウッドの視座と80年代のならではの「メンフィス・スタイル」的意匠とでどう総和させながら画面に捉えているのか(捉えていないのか)がずっと気になっている映画ではあったのだ。

 結論から言えば、位相がズレたトレンディ日本を「実際の日本ロケを通じて」幻想的に描くことに成功しているという意味では、Vapor的深度は「ブレードランナー」より高かったと言える。地下駐車場に提灯がぶら下がっていたり黒澤明みたいなアジトがブドウ畑の真ん中にあったりと、いかにもVapor的なトンチキさと言えるシチュエーションもあるにはあるが、それらは全て日本以外で撮られたパートだそう(当時繁華街を大々的に使っての映画撮影は許可などの面で困難を極めたらしい)で、大半のロケ地となった「大阪」のシーンについては、どこかいなたい神戸の三宮、そして看板を過剰にせり出させた十三などの特色を生かし、その固有性を適度な現実性をもって散りばめさせている。また、阪急梅田駅・南北コンコースの美しいアーチ天井(内田裕也の黒づくめ口角片方上げ笑顔と共に映される)など「すでに無くなってしまった名建築」が様々記録されているのもこの映画の貴重さのひとつなのだが、最も強い象徴として鎮座するのは、1987年から2008年まで存在した高松伸設計の「KPOキリンプラザ大阪」であり、ここにおいてはその都市の固有性を超えた何かが画面に刻まれているかのようだ。登場人物が交錯し物語が動く要となる「クラブみやこ」として登場する、スチームパンクを物体化したようなこのメタリックな建物は、クラシカルな佇まいだった戎橋と一切調和することはない(今もその存在自体が街の歴史からはぐれ「あの頃の景色」としても振り返られないようだ)。しかしビルを含んで見渡す、スモークたなびく道頓堀のカットは所謂「吉本興業・阪神タイガースの大阪」と違う、ビルそのものが人肌を凌駕しせり出してくるような、大阪の街に確かにあった感慨を持たせてくれる(奇しくもこのビルの存在期間は阪神2度の優勝にちょうど被らない)。それは固有の大阪とも架空夢プラザとも違う、薄れゆく記憶と妄想が入り混じったトレンディ大阪…

 しかしこの映画を観た後で最も心に残ってしまうのはもちろんそうしたショットのトレンディっぷりなどではなく、公開後間もなく物故した松田優作の命を削った怪演だろう。NYのパブにドカンと初登場した時点でもう怪人なのだが、その根拠となる「表情」には歌舞伎か狂言か、何か"欧米と戦う構え"となるような参照元がある風に思える。その後も登場のたび狂気だけでなく、クールさ、ワイルドさ、スタイリッシュさ、スタントに衣装に佇まい…とあらゆる側面で100点を叩き出しており、非の打ち所がない。オーディションには存命中何かと対立した萩原健一も参加したようだが、彼の代演によるifは誰も想像できないだろう。話は逸れるがショーケンは自伝でこの演技ですら自身の〇〇の引用だと主張しているのだけれど、髪形や佇まいについては後期「あいつがトラブル」など、逆に彼が優作インスパイアに見えなくもない。トレンディ期のある時点からショーケンの演技は明らかに失速し田村正和的な「ダイナミックなコメディ大御所」に領域をズラしていくのだけど、その理由は加齢だけでなく、刺激し合う関係であった松田優作の不在があるのかも知れない。

 それにしても…88年の「ラストエンペラー」で89年の「ブラックレイン」だ。映画業界一つとっても、当時の日本にあった「肯定感」というのはたいへんに大きなものだったのだろうなと想像できる。キリンプラザ・優作どころか健さんもユーヤさんもいない現在だが、しかしパレスチナへのアクションで立った渋谷駅前から眺めた広告まみれの景色は、恐ろしくこの映画と似ていたのも事実なのだ。

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