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(仮)トレンディ電子文 第40回:ダウン・タウンとわたし

 90年代がほぼ丸々10代だった(そして首都圏に住んでいた)自分にとってダウン・タウンは先ず「バラエティ・ショー中のオルタナティヴ」として現れたのだった。「ごっつええ~」を見る習慣がなく初期「ガキの使い~」は深夜のため当然リアルタイムでの視聴が叶わないとなると、いちばん身近に彼らが現れるのはお昼の「いいとも」と、季節ごとかそれ以上頻繁に作られた日テレのクイズ特番(人気番組の出演者がそれぞれの番組チームでクイズを競った。この形式の番組はいまも存在するのだろうか)で、後者において大御所に失礼な態度を取る浜ちゃん→窘めつつ輪をかけて敬意のない表現をする松ちゃん→珍しく関西弁で怒る逸見政孝という一連の流れが定番となっていた。さんまちゃんにせよたけしにせよ「目上に失礼な態度で切り込む」、つまり正常な関係性をズラす笑いというのはもちろん数々見ていたが、ダウン・タウンのズラしは子供心に「幅のたいへん大きなもの」として映ったというか、ズラした先に自身を「魅力的なキャラクター」として浮上させないような感じがあった。要するに、その番組内でどう映っているのかは二人にとってどうでもよく、見え方への配慮過剰なさんまちゃんや、どう応じても人懐こさで包んでしまうたけしよりも遥かにシニカルであるように思えたのだ。その後間もなくあった24時間テレビでふたりが泣いていたのもよく覚えていて、その時は「ダウン・タウンも人の子だ」というか、ベタを真に受けられる、オルタナティヴなだけでない新たな奥行きを見た気がして衝撃だった。この本でも触れられているが、それはスターになっていく彼らを目の当たりにしたということだと思う。

 しかし中学時分(94年~)になると事情がやや変わる。彼らの存在は級友のうちで「未来の笑い」となったのだ。ひとつはここまで斜に構えた存在として見ていた松ちゃんが「遺書」で何やら知的な文章を書く存在として自分たちに認識されたということ。そして何より(小学生まではある意味“保留”にしてきた)彼らの逸脱含みな性的笑いを、これから経験する大人の道だと合点し彼らを「自分たちの今後」の先導者のように感じさせたということだ。時期同じくして「ヘイ・ヘイ・ヘイ」も始まり、これまでの音楽番組にあった(自分の大好きなトレンディ期の)ミュージシャンへの適切な距離や敬意が悉く覆されているのにも衝撃を受ける。もう安全な領域は無い…それらをすべてひっくるめて13歳くらいの自分には「もう子どもでいられない、これからは自分たちの闘いの時代なのだ」みたく受け止められたのだった。そして、自分にとって輪をかけて厄介だったのは、その闘いは「自身のセクシャリティ」を棚上げし、男性として生きることにこそ大きく付随していた事である。彼らの笑いのセンテンス(こわっ、さぶっなどの言い回し、はみだし者へのネタ的嘲笑、決して同じ人とは看做さない"女性"という存在)は、クラスの男の子同士の間で確実に結託の印となり、これを駆使し上手くやっていかなければならない、と自分も思っていたのだ。このように書くと超閉鎖的な感じもするが、それが自分達の世代にとっては「大人の予定調和」からの解放の側面もあったというのも間違いなく、前述の逸見との会話だって年少のダウン・タウンに寄ってたかって「奥さんと上手くいってるか、時々浮気などしないか、松本とキャンギャルの恋仲はどうなのか」と(ダウン・タウンの豪速球な性的会話と対照的な)じっとりイヤらしくもアケスケな話題を振られ、タジタジになっていたりもするわけだ。90年代の非若者による「みのもんた的スケベ」をこそダウン・タウンはコケにしようとしていた側面は、まああったように思う。

 …とここまで思い入れたっぷりに書いたが、00年代以降にダウン・タウンと自分との思い出はパッタリと無くなる。20代半ばのゲイ・コミュニティとの邂逅により、男性コミュニティの中で上手くやっていかなければという強迫観念が失せてしまったのだ。もちろんダウン・タウンはその間も減速などせず、彼らの笑いのルールはオルタナティブでもなんでも無くなり、というかこの頃に殆ど「環境」化したようにも思う(逆にさんまちゃんが怪獣という“特異な存在”になった事ともリンクしている?)。しかしそれは自分の生きる道と関係が無かった。映画も観なかったし、「チキンライス」という楽曲にも感想は無かった。知らない故の凪がしばらく続く中、10年代以降にSNSで久しぶりに松ちゃんと出会う。彼はSNSの(文字のみを使った)ユーモアや機敏、踏み外すべきでないルールなどから完膚なきまでに取り残されており、ここにおいては「終わってる」と思った。そういえば自分は、TVを持たない生活を10数年しているのだ。自分にとってダウン・タウンは徹頭徹尾TVの人だった。


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