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(仮)トレンディ電子文 第38回:90年の美しい雨が降っている

 小泉今日子(以下KYON²)が90年代にスポットを当てたツアー「KYOKO KOIZUMI CLUB PARTY 90's」を開催し全国を回っている。この時期は当然「トレンディ期」とも半分重なるわけでこれは事件です、といそいそと参加した。

 モモ、午後の紅茶、そして「Thank you for the rumor.」Tシャツ…と90年代、殊に初頭の彼女はキャリアハイと言ってよい(この3つで伝わるか?)状態だったのだけど、イメージの中心に決定的にあるのはやはり音楽作品、中でも90年のアルバム「N°17」および以降続々切られたリミックスの12インチなのではないだろうか。それらは「夜遊び仲間人脈」を、男性の衣服がだんだんズロッとし始めた当時の東京の光景と共にうっとりと想像することができる(ミセス・マーメイドとWON'T BE LONGの共振もほぼ同時期だが、「朝まで大変だった」の夜遊び人脈とKYON²のそれはあまり交わっていない気もするのはいかにも90年代的離散と言える。ベストテンでは隣り合っていたのに!)楽曲群なのだけど、出来栄えとしては「クラシックス」足りえない"旬のもの感"があるため、2023年のライブでどう踏み込むのかはとても注目していた。

 結論から言えば、このライブはKYON²の「プロデューサー視点」(これはチケットを取ってくれた友人の言葉だ)がいかんなく発揮され、多面的な見せ場が用意されていたのだった。打ち込み不使用の、勝手知ったるバンドメンバーによる演奏は当時のフロアの再現とは当然ならず、どちらかというと小回りの利く「現在」という地点からの再解釈要素が強かった。80年代の楽曲も3分の1程度織り交ぜつつ(と言っても90年代前半までの「トレンディ期」的連関で必然性がある)、当時のカヴァー曲の再現や、なかなか披露されないドラマ主題歌のほぼ初演奏、バンドサウンドが映えるロック楽曲の連発と想定外の盛り上がりが様々あった。カヴァー曲のうち1曲はもちろんスクーターズなのだが、次曲でこれをやるのか、というヨーコ・オノのカヴァーで「この2曲を連続して歌える(だけの根拠がある)歌手は彼女ただ一人なのだ」と思うと、いかにKYON²が90年代、かけがえのない存在だったのかが分かる。もちろんそれは周囲の文化人の意を汲んだ活動でもあったのだろうが、様々な人物が物故した今、目の前のその屹立には偉大な主体性しかない。そこに「キョンキョンはフツー」そのものなMCのくだけっぷり(自身の年齢を媒介に笑いを一席、なトークの進め方には思わず友近の"水谷千重子"を想起)が相まって唯一無二の「2023年のKYON²」が形作られる。ドラマの主題歌数曲を歌う時「きっとこんな人当たりの魅力で中井貴一やカッシーと交流していたのだろう」と思いを巡らせる。95年の相米慎二は中井貴一とCMを撮っていた。5年後の「風花」へとどんな風にその関係性は繋がっていったのか。前述の"「N°17」の90年代"はセットリストでは中々表出されずにいたのだが、後半「La La La…」1曲でその空気全てを込めているようだった。その時点での歴代最低、6万枚しか売れなかったシングル。しかし冒頭「降り出した雨に騒ぐ街」と歌い出した途端、2023年に90年が息をのむほどの鮮やかさで浮かび上がった。三宿、神宮前、あるいはKYON²がドラマの撮影で「地元に帰りたい」と思いを馳せた南新宿の踏切(クリーム色・青帯の準急本厚木行きが通過していく)。そうした場所に30年前、突然降り出した90年代の雨。その光景を目の前のKYON²は絶対に幾つか知っていて、そして今ここで歌いながら、その美しい時間を存在ひとつで繋いでいるのだ。それが誤解や錯覚でも。ライブの中でいちばん胸が震えて、涙が止まらなくなったのがこの瞬間だった。

 面白おかしく2023年を生きた記憶と今後なるであろう出来事についても残しておきたい。バンタン好きのKYON²とあってライブ中はハートマーク(頭上に作るもの、親指と人差し指で作るものなど)をしきりに示していたのだけど、会場は指ハートを知らない人が多数だったと思しく、エド・はるみのごとくグーサインで返していた。前述の通り本人は水谷千重子、そして客にエド・はるみという謎空間がその時誕生していたわけだ…また、ある曲のMCでKYON²は原曲のアーティストを間違え「ナチュラル・カラミティの…」と説明したところ会場から「サブリミナル・カーム!」と正しい名前が即座に叫ばれ事なきを得たのだが、この声の主がなんと自分にチケットを取ってくれた友人だったという(後で落ち合い判明)!KYON²のサブカル言い間違いの趣きも去ることながら、ここは優れたファンダムであるということが急に身近で発現したようで嬉しかった。



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