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(仮)トレンディ電子文 第43回:明菜シャツと86年

 昨年以降中森明菜の活動が活発化し、様々なコンテンツがアップされている。HPもそうなのだが前フアンクラブ「FAITHWAY」の時には全く期待できなかったスタイリッシュさ(その前フアンクラブ時代に売られていたグッズでとにかく印象に残っているのが「オリジナルロゴ(A/Nとイニシャルをあしらった素っ気ないもの)」をただベタベタと使ったもので、まあ本人の実働が難しかった故の応急処置なのだろうが、しかしキーホルダーとかならまだしもこのロゴをルイ・ヴィトンよろしく散りばめたバスローブを見たときは「明菜のトレンディ期以降の"非スタイリッシュなイメージ"」が象徴されているようでとても悲しくなったのだ)が今の活動には溢れており、活動休止期間に醸成された神格化を追い風としているのは分かったうえで、やはり作品そのものと同等かそれ以上にイメージの構築というのは大事なのだなとコンテンツ追加のたびに痛感させられる。「明菜とトレンディ」については同時代だと松任谷由実と双璧に掘り下げるべきトピックが多いわけだが(これについてはいつか長文を書きたい、書きます)、今回の活動の中にあった「ジャケをリデザインしたTシャツの販売」ージャケの構図をほぼそのまま生かすことで寧ろ当時にしかないセンスを再び魅力的に見せている、非常に技アリななものーに、わけてもトレンディの気概を感じたのだった。

 現在(4/18)新たなアレンジを施された歌唱と併せて公開となっている3種のジャケTシャツはいずれも86~88年、つまりトレンディ期ど真ん中に発表された楽曲のものだ。彼女の航跡を振り返るメディアにおいては島田雄三がディレクターを務めていたやや幼い時期(82~85年)を集中的に取り上げる場合が多く、「代表曲」という視点では仕方ないにせよその実存において未だ魅力を「ちょっとエッチなミルキーっ娘」及びその延長としか捉えられないのかと少し呆れるが、この人の本懐は日本の現行アイドル歌謡(J-POP)から死滅しかけている「アンニュイ」にあり、韓国から注がれる熱いまなざし(Youtubeでアップされている動画のハングル率の高さ)もそのイメージを開花させた86年以降に集中しているのだ。現行K-POPには当然通じてしまうこの「屹立」をいま本人はふたたび体現せんとしているのだとすれば、今回の復活(明菜ほど"復活"と形容される回数の多い歌手もいないのではないか。記憶にあるだけで90、94、02、14、23と5回)は自分にとってかなり信頼できるものとなる。

 自分が86年を知ったのは94年で、それはこの年に明菜のベストアルバム(ワーナー離脱後何枚出たか分からないベストのうち、最も愛がなく野暮ったいデザインであった)を中古で買ったからだ。全シングルをただ並べただけのそのアルバムに収録された86年の3曲。「DESIRE」はもちろん知っていたが当時初聴となる残りの2曲、まず「ジプシー・クイーン」を聴いた瞬間、きらびやかでありながら物悲しいあのシンセのイントロ、広がりを持たせつつもどこかでシャキッとさせる効果も感じられるヴォーカルのエコー、エコーの合間からほんのり「異国」を漂わせるケーナっぽいシンセ、それらの総体が耳に飛び込んできた時、その時…突如自分自身が「86年の記憶」に包まれた、それはまだ引っ越したばかりの新しい自宅、赤くて角ばった自家用車、白くて角ばったリビングテレフォン、木造にちらほら混じる鉄筋コンクリートの冷たいマンション、駅の国電フォント、上野駅へ続く、貨物列車の予感がする架線、古いTBSのロゴ、髪が長めのさんまちゃん、そして今(94年)よりずっと遠くにあった「加トちゃんケンちゃん」などの限られたバラエティ・ショー越しに見たはずの、曇った憂い顔の都会…中1の今と同じ場所でありながら違う相貌を持つ景色や感情を、その時初めて大きな実体として「思い出した」のだ、と書くと初めて味わうノスタルジーだったのかもしれないが自分は当時ヒット曲をすでにある程度遡って聴いており、それらの聴取体験がある程度積み重なったゆえの「時代性の初めての強い把握」であったとも思える。いずれにせよ、この曲を聴き「これは全き86年だ」と思い、次に流れた「Fin」で似たようなことが起き86年がほぼ完成してしまった。このような強い体験は「Ban BAN Ban」「CHA-CHA-CHA」「Song for U.S.A.」いずれにおいても現れなかったのだ。

 Tシャツにプリントされた「ジプシー・クイーン」のジャケ写、今風ビッグシルエットと思いきやザッツ肩パットな上着、そこに合わせることで魅力を醸し出す膨張した巻き毛、フランス風軽自動車のミラー、ぼかした背景には憂い顔の都会。このシャツをタックインし、86年の地層の上を歩く。

 

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