見出し画像

(仮)トレンディ電子文 第32回:映画「午前4時にパリの夜は明ける」

 シャルロット・ゲーンズブール…眩しいデジタル音飾と父セルジュのむせかえるようなロマンが絶妙な割合で混合されたデビュー・アルバム「Charlotte for Ever」、マッカラーズ「結婚式のメンバー」をうっすら下敷きにした夏の青春と階級映画「なまいきシャルロット」とトレンディ期フランスのイメージを、自分に決定的にもたらした偉大なる存在であり、更に現在の(音楽とヴィジュアル双方で)地味と迫力を兼ね備えた「最良の小林麻美」的スタイル…毛量含め…で現在進行形で憧れを抱かせてくれるお方。そんな彼女が「アマンダと僕」のミカエル・アースによる80年代激オマージュ映画に主演すると聞いて劇場に駆け付けたのだった。

 舞台は1980年代のパリ15区・グルネル地区。確かアケルマンの78年作「アンナの出会い」の逢瀬の場でもあったこの地区、パリにしては珍しく高層ビルが並んでいる(サムネ参照)。自分はとにかく大の旅行嫌い&飛行機嫌いでパスポートというものを生涯持ったことがなく、映画宣伝のSNSが添付する15区の風景が80年代なのか今日現在なのかもわかっていない。しかし、映画はあの頃を作品に現前させようと様々な工夫があちこちからやってくる。オープニング。80年大統領選のミッテランの勝利(30年来の左派政権誕生であった!)を祝う街中を、エリザベート(シャルロット)ら家族3人が乗る車が進んでいく。そのいかにもパリ然とした街の先にたどり着く高層アパートは、やはり最近観たアケルマンの数作を思い出すレイト70年代築のプレ・トレンディな現代感ーソファに煙草のにおいが染みついていそうな、近過去的な現代感ーで溢れている。しかしこの映画は一口に2023年の撮影で過去を再現しました、という作りではない。スタンダード・サイズでガチャガチャすることも厭わず、実際80年代初頭に撮られたであろうドキュメンタリー映像的なショットを、頻繁に差し込んでいくのだ。ゴダールの85年作「カルメンという名の女」冒頭と同じボディ・カラーの電車が走っている映像もあったりして、丁度先月の上映で同作を鑑賞した自分は不用意にグッときてしまうのだが、そんな街中を当時ならではなパンク・ファッションで放浪しているのがタルラ(ノエ・アビタ)。当時のフレンチパンクの人気者と言えばミルウェイズがメンバーにいたタクシー・ガールだが、17区のリセで結成された彼らとタルラは親交があったのだろうか(サントラには登場しないが…)という想像はさておき、彼女がエリザベートとひょんなことから出会い、そのプレ・トレンディな自宅に招くところから物語は進行していく。エリザベートのいやに安く始まる恋愛を筆頭に、性体験や格差の問題・別れと再会など一通りという感じなのだが、それらは総じて決定的な出来事として機能はせず、淡さというか優しさでもって、登場人物たちの絆は描かれていく。物語自体も概ね時系列で進行し、エリザベートのふたりの子供もそれぞれに学校を卒業したり自立したりする…と書くともたいまさこが出てくるぼの映画の様相だが、しかし決してそうはなっていない。そうはなっていない要因は各種あり、それはそのまま監督の才能なのだろうが、やはり「80年代初頭に撮られたであろうドキュメンタリー映像的なショットを、頻繁に差し込んでいく」事による影響は大きい。

 その挟み込みは端的に、おだやかな時間が「線形に」過ぎ去ることを拒否するかのように自分には映るわけだ。つまり映画の物語の時間と別に実際の80年代の時間を体験しているような、時間スケールの複数化、のようなものがこの作品は(作り手により意欲的に)起こさているのではないか。エリザベートが序盤少しだけ披露するスーツ姿は、母のジェーン・バーキンが84年に主演したドワイヨン「ラ・ピラート」そのものにしか見えず、思わず涙ぐんでしまうのだが、輪廻とまでは言わないが人が「聖なる一回性」を生きるのではない、時が流れずむしろ「その時間」が重層化された円環のようなものが、そこには垣間見えているのではないか。自分が名画座、DVDで繰り返し見た「満月の夜」「北の橋」が80年代当時の新作として、今年の映画作品の中で入れ子式に上映されている(そう、ただ引用されているのではなく"上映”されているのだ!)複雑さとその感動をまだ言葉にできないのだが、そこには恐らく過去と現在が「同時に存在していた」…

 九鬼周造の「時間論」を読んでいたため大いに引っ張られてこのような文章になった。She Maleのレアなイタロ・ディスコ「I Wanna Discover You」が劇中とエンディング(終劇後)二度かかるが、そこにメタな差は派生しないのではないか。私たちは音楽を通じ何度でも80年代を生き、同質の時間を繰り返すことができるのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?