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発狂頭巾敗れたり!お前の剛剣に二の太刀なし!

 風になびくススキの原。ここは町外れ、眺めるものは月しかいない。だが匕首を子供の首に突きつける男がいた。

「よく来たな発狂頭巾、いや吉貝。流石のお前も自分の子が人質に取られちゃ従うしかないか?」

 匕首使いのヤスは少女のやわらかな肌に刃を押し当て、動かぬ発狂頭巾をニヤニヤしながら見続けた。

「うう……助けて」

 少女は弱々しい声で嘆く。父に会えるかもしれないと来てしまったばっかりにこの有様。だが目の前にいる人は父かもしれない。父にあう夢がかなうかもしれない。微かな希望があった。

「おい発狂、さっさと腰につけてる刀を捨ててコッチにこい。親分はお前の首が所望だ。そうすりゃ子供に手は出さねぇ。なんなら面倒も見てやる。俺は情け深いんだぜ」

 発狂頭巾は地蔵にように動かず、ただこちらに目を向ける。ヤスは少しでも発狂頭巾を自分の言葉で動かし場の支配を確かにしたかった。

「おいガキ!テメェもなんかいえ!あの狂いを説得しろ!」

 短気なヤスは怒鳴り、匕首に力をこめた。少女の首から血がじわりと流れ始める。

「痛いよ!怖いよ!助けてお父さん!」

少女の声を聴くと同時に発狂頭巾が走る!

「てめぇ動くんじゃ……」

 ヤスが言い終わる前に発狂頭巾は距離を詰め、刀は弧を描いた。ドサリ、重いものが落ちる音がする。

「あ……?ア……?」

 ヤスは状況が理解できなかった。言葉にして整理しようとしても何も出ない。自分が無事で少女の首だけが落ちた状況を。

「な、なんで殺した?」

 震えながらも何とかして、思い浮かんだ疑問をぶつけた。

「恐怖に震えていた故に……」

 ヤスを一撃で殺すのは難しい。一撃で仕留められずヤスが激昂すれば、匕首が少女の首に刺さり死ぬ。一撃で倒せたとしても、斬った際にヤスの手がぶれ、喉に刺さる可能性も高い。匕首が刺されば長く苦しむ。ならば一瞬のうちに首を飛せば少女を痛みと恐怖から確実に救える。発狂頭巾はそう考えたのだ。

「そして私がおぬしに従う理由も亡くなった。そもそも私に子はおらぬ」

 少女が発狂頭巾の子供であるというのはただのヤスの勘違いである。しかし発狂頭巾の口元の布に血がにじんでいた。歯を食いしばり血を流しているのだ。無関係であっても、少女の無念さに誰よりも悲しんでいる。だが発狂頭巾は人に涙を見せない。ゆえに誰よりも歯を食いしばり血の涙を流すのだ。

「なんだ……てめぇ……ガキの首吹っ飛ばして、血を流して、なにがやりてぇ!」

 ヤスはこの訳の分からぬ状況に激怒し、混乱を吹き飛ばした。

「てめぇ気でも狂ってるんじゃねぇのか!」

 発狂頭巾の瞳が光った。

「私を狂いというか。子供を人質に取り、匕首を突きつけておいて。狂うておるのは……貴様ではないか!」

 発狂頭巾が刀を大きく振り上げた!

「キィエァー!!!」

 月明かりに照らされ輝く刀を奇声と共に渾身の力をこめ、ヤス目掛けて刀を振り下ろした!

 だがヤスは半歩下がり紙一重で刀を避けた。刀はススキを裂き、地面を斬った。
 ヤスは発狂頭巾の太刀筋を昼間の手下たちの戦いで見抜いていた。受けた刀ごと叩き割る剛力の一撃が発狂頭巾の武器、だが避けてしまえばそれが仇となる。

「発狂頭巾敗れたり!」

 勢いよく勝利を宣言し、ヤスは地面を斬った刀を踏みつけ、二の太刀を封印した。そして腰を下ろし、匕首を構え発狂頭巾の腹に狙いを定めた。

「キエイシャー!!!」

 だが振り上げた時と同じく奇声を上げ、刀に振り下ろしたときと同じ怪力をこめた!ヤスの踏みつけをものともせず跳ね飛ばし、刀は天に伸び、再び月明かりに照らされた。

「キヤッシャァー!!!」

 倒れ起き上がれぬヤスに、封印したはずの二の太刀が迫っていた。反射的に匕首を顔の前に出し受けようとする。
 ガキン!鉄と鉄がぶつかった高い音、そしてゴボッと鉄が何を砕いた鈍い音がした。
 ヤスの自慢の匕首は折れず、発狂頭巾の二の太刀を受け止めた。だがそのまま怪力に押し出され、顔面を砕いたのだ。

 ヤスは絶命した。

 発狂頭巾は物言わぬヤスを見下ろした。そしてヤスの体にブスブスと刀の先を突き刺していった。発狂頭巾は経験上人間はしぶといことを知っている。だから相手が本当に死んでいるのか?死んだふりをしていないか?痛みを与えて確かめる。こんなことせずとも首を斬り落とせば確実であると思うものもいるだろう。
 だが死ねば仏、死体を大きく損傷したとあれば、神仏に対する冒とくである。だから最小の傷で相手の生死を確かめる。

 発狂頭巾は40回ほど刀を突き刺し、死を確信した。刀をしまい、去ろうとするとき少女の首と目が合った。
 発狂頭巾は少女の目を閉じ、手を合わせた。

 いつの間にか夜が明け、太陽が昇りかけていた。
 幼い子を平気で利用する悪、だが悪は私を狂っているという。悪がまともで、私は狂いなのか。発狂頭巾の中で今日の出来事が反復する。
 あのようなものが正気というなら私は狂気で構わぬ、そう思い悪党どもがつけた名「発狂頭巾」を名乗ってきた。
 だが悪をいくら斬っても世にのさばる。減らぬ悪を斬り続けるなど私はただの狂人でしかないのか。
 答えのでぬ疑問を抱えながら、発狂頭巾は昇る太陽を見つめ続けていた。

【完】

これはなんですか?

さぽーとすると映画館にいくかいすうが増えます