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イシナガキクエ【起源】 第3話

 キクエが最初に話かけた女は、ひどい発熱と咳に苦しんでいた。
 「ゲホゲホ、何で急にこんなに咳が?」
 女はひどくむせ、口元を手で覆った。女の手には大量の血が付着していた。それからも女は、何度も何度も大量の血を吐き続けたが、吐血はおさまらず、女の口から血がとめどなく溢れ出した。
 「どうして……」
 女は額から床へと崩れ落ちた。その手は少しの間虚空を彷徨った後、ボトリと落ちた。災いの波が農村に広がろうとしていた。

 「実次ならもう40日も家に帰ってないぞ。」
 親族である政次でさえも、実次の行方は分からないようだった。
 「それより政次、この女気味悪くねえか。何日も何日も実次を探し回ってるんだぜ?こいつをどうにかした方が良くねえか?」
 実次の話を聞いていた男が心配そうに言った。
 「まあ、喜助よ。気にするな。それより、実次が家に戻ったら、お前に教えてやるよ。それまでは市場の近くにいな。」
 実次はキクエに言った。キクエは、育てている野菜を気がかりに思ったが、最愛の実次の安否を知ることの方が大事であった。政次が実次の無事を伝えに来るまで、市場の近くで野宿することに決めた。

 それから2日後、村の長の家では緊急の話し合いが行われいた。
 「長、大変でございます。村人が20人ほど、血を吐いて死んでいるのが見つかりました。」
 「何ということだ。しかも今こうしているうちにも、また誰かが死んでおる。どうすればよいものか」
 村の長は眉をひそめた。それを見て、1人の老婆が言った。
 「長、これはきっと物の怪の仕業でございましょう。村に忌まわしい物の怪が出たのです。そやつが、災いを村中に広めておるのです。このままでは、我々はみな、物の怪に呪い殺されてしまいます。直ちに物の怪を捉えて、祓除を執り行うべきでしょう。」
 この老婆の名は甲といい、一家代々、村の陰陽師として長に仕えてきた。甲の発現を聞き、1人の男が口を出した。喜助だ。
 「ああ!これまで死んだ奴らは、みんなあの女に絡まれてたやつらだ。あの口の聞けないみすぼらしい女だ!あいつが物の怪に違いない!ひぃ、どうすりゃいいんだよ、俺、あいつと話しちまった!死んじまう!」
 喜助はガタガタと震えていた。周りのものへも動揺が走った。
「喜助の話は本当か。であれば、直ちにその女をここへと連れてこい!そして、甲に始末してもらおう。最初に女をここに連れてきたものには、褒美を与えるのと、我が村の重大な職務を任せることを約束しようではないか!」
 長は、会議に参加していた百姓の一族たちに呼びかけた。百姓たちの目が爛々と光りだした。その中でも一際、眼光を鋭く光らせているものがいた。

 それは、政次であった。

第3話 完

 

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