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眠る前にはホットミルクを




2022/02/27


お腹いっぱいだとねむたくてきもちいい。春を待ち構えるような空気が街を包んでいる中、さらにわかりやすい温かさを求めて喫茶店に入る。さっきまでひとりで自分の肩幅より大きなナンを頬張ってお腹いっぱいなのに、シナモンクリームワッフルが食べたくて心がピクついている。わたしはこう見えて大食漢の人に憧れを抱いているので、大食いのYouTubeを見る趣味がある。でも、大食漢でない自分の胃のことは分かりきっているので、我慢して日替わりのブレンドを注文した。



コーヒーの苦さは割と好きになった。ブラックコーヒーでも飲めるけれど、お砂糖とミルクを入れるのも好き。そういえば、人生と苦さはほど遠くない距離感で関わり合っていると思う。



学校の先生同士が結婚する前、ヒミツの関係性について苦い気持ちで通勤したことがあったんだろうか。べつに過ちではないことを、なんとなく後ろめたく思ってしまうのは、居心地は悪いけれど人間らしくて可愛らしいとも思う。


電車に遅れそうなとき、子供たちのいる公園を突っ切ることがある。もちろんふんわり避けながら遠回りはするけれど、昼間の公園は子供の時間だ。喉の奥が若干、苦さで充満する。逆に、夜の公園は大人の時間だから、静かな砂場をのうのうと横断する。

疲れてきのみきのまま眠ってしまう日がある、わたし、眠気によわくって。カーテン越しの朝日と共にむくりと起き、流しっぱなしのNetflixを薄目で止め、夜をちゃんと迎えられなかったことに少し後悔する。大人になってしまったことへの、果てのない苦さを感じる。まだどこか子供なのかもしれない。



苦みについて考えみると、やっぱり苦くない方がいいと思えてきた。でも苦くないなんてあるんだろうか。ほとんどない。誰しも見えない苦みを抱えていて、それは深く深く、途方もなくて、見えなくて、そんな部分を包容する身体はものすごく美しいと思っている。あなたやわたしの見えなさは、気難しさを皮膚として纏い、だいたい36.0℃前後の体温を保っている。


他人(対を成すあなたという意味での)、特にたいせつなひとたちには甘いことばかりあってほしいと願う。無理せず、平穏で、変わらない体温で。そんなことすら叶いにくい世界で呼吸をすることはふつう難しいのかもしれない。わたしは文章を書くので、あなたの甘いやたまの苦いになれていればいいと願う。


でもコーヒーは寝れなくなるから、眠る前のほんのひとときは、甘いホットミルクを飲んでいてね。おやすみなさい


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