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父母

実家に数人の男女が訪ねてきた。玄関口で亡父と私が応対する。代表格の男性から渡された名刺には「T学院院長」と書かれていた。学校法人の業務のため、父が所有している土地を一時貸してほしいという用向きらしい。
T学院の人々と連れ立って、目的の土地を見に行く。木立の中を大きくカーブした道をたどり、丸太の柵で囲われた土地の入り口が見えてくるあたりに木のベンチがあったので、そこに腰を下ろす。名刺をくれた男性がマスクを外し、私は男性が私の元の上司であったT氏であることを知った。
T氏が学校法人を設立したのかと驚いて訊くと、T氏は首を振って、「私はただの雇われですよ」と笑った。T氏が元の職場を定年退職してから20年は経過している。氏は80歳くらいにはなっているはずだが、外見は以前とほとんど変わっていなかった。

入院中の亡母を見舞いに行く。病室のベッドに仰向けに横たわる母は小さな人形であり、その顔は藥の副作用のせいかむくんでいてムーンフェイスになっていた。もう死んでいた。母は目を見開いていたので、私はその目を閉じてやった。
病棟の外にある東屋のような建物の中で座っていると、病棟の方から主治医が来て、母の様子を訊いてきた。私は母が死んだことを主治医に伝えたが、彼は特に驚いた様子も見せず、私の報告を黙って聞いていた。
東屋の外で姉と合流する。私は病院近くのホテルに宿をとっていたのだが、姉はこれから実家に帰って一泊するという。誰もいなくなってしまった実家に一人で帰る姉のことが心配であった。日が暮れ始めて、空にはまだ明るみが残っているのだが、病院の建物や遠くの丘陵に並んだ鉄塔は真っ黒な影になっており、病院の周辺を引きも切らず往来する自動車はヘッドライトを点していた。

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