緊急事態宣言12日目ー家内工業はじめました(2020/4/19)

イタリアでは医療従事者がポリ袋でできた簡易防護服を身につけている、というニュースを見たのは先月のことだった。
なんてことだ、B29を竹槍で倒そうとするようなものじゃないか。
そこまで逼迫しているのか、イタリアは。
心は傷んだが、まだその時は私にとってそれはとつくにの話でしかなかった。

一週間前、我が職場の附属病院からポリ袋防護服作成ボランティアのお願いがあった。
遂に来るものが来た。
母に話をすると全面的に協力してくれるとのことだったので、週一回の出勤日に10枚入りの90リットルポリ袋を10袋を持って帰った。
凄まじく重い。
この為に、出勤日にはいつも海外旅行で愛用しているキャビンゼロという44リットル収納可能なリュックを背負っていった。
背中に掛かる重量は相当なものだったが、イギリス田舎町ほっつき歩き旅の時の凄まじい重さに比べたらなんてことはない。
だけど、この荷物の持ち帰りには旅の最中のような浮き立ちはない。
そして、これが何に使われるのかを考えると余計に重く感じられた。

丁度時を同じくして、どこかの首長が医療従事者に雨合羽を!と呼びかけていた。
我等の病院にも善意の合羽が数多く届けられたという。
それではもうポリ袋はお役御免なのだろうか、と思いきや、病院関係者から以下のようなメッセージが届いていた。

・寄付された大量の雨合羽の受取対応が追いついていない
・ポリ袋防護服の方が感染対策、利便性において上回る
・誰かから合羽の寄付申し出があれば、うちはもう十分ですのでどうぞ浪速市(仮名)に寄付してくださいとお伝えください

遠回しな言い方であるが、はっきり言うと雨合羽は使いづらくありがた迷惑であるらしいことが分かる。
思えば時間をかけて専門的知識も取り入れず専門家の意見も聞かず(恐らく)、ただただあなたも協力できるんですよ!と府市民の善意(そして言い難いが自己満足)を煽り、己は何の代償も払わず労力も使わずして正義漢面ができる、という時短且つ最高のステートメントであった。件の雨合羽寄付してください発言は。
今現在、雨合羽で溢れかえる浪速市庁の画像がネットで出回り揶揄の対象になっているが、そのようなものを目にすることのない多くの善男善女府市民はああいいことやったわ私達、流石は首長さん、と褒め称えているのだろう。

とまれ。
というわけで、昨日から我が家ではプチ家内工業を開始した。
ポリ袋防護服の作り方は以下の通り。

1.左右閉じている部分をカット(一枚の大きなペロンとした形状になる)
2.左右端から5cmのところから縦75cm までカット(2本の「紐」ができる)
3.紐と反対の面の上中央部分に横26cm、縦5cmのT字型の切れ込みを作る(首を通す穴になる)

(詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。但し病院では一般の方の作られたポリ袋防護服の寄付は受け付けておりません)

簡単そうだが意外と手間がかかる。
手をよく洗い、マスクを着用して母親と黙々と作る。

「わー、歪んだ」
「多少はええんよ、多少は」
「これな、重ねてダーッて切ったらあかんの?」
「ポリ袋滑るし絶対失敗する。手間でも一枚一枚やるの」
「いやー、油性マジック手についたー」
「わー余計なところまでマーキングしてもうたー」

不器用親娘、苦戦する。

というわけで、初日は10枚作るのに1時間半もかかってしまった。
しかし、コツがわかってきた2日目は1時間で作ることができた。

「なんかさ、私が作ったとかいう印みたいなのしときたいわね」
「余計なことするんじゃありません」
「ほら、直売所であるじゃない。『私が作りました』ってやつ」
「だからー」
「でさ、自分が運び込まれた時に看護師さんがそれ着てたりしてさ」
「…」

笑えない。
ちっとも、笑えない。

「…そんなん作っても、結局は無駄になって捨てられるんとちゃうか?」

何もしないくせに、いつもいらないことばかり言う父が口を挟む。

「それなら本望やで」

間髪を入れず答える。
こんなもの、必要にならなければいいと心から思う。
イタリアの医療従事者の皆さんは、まさしくこれと同じ借りごしらえの防護服で治療にあたり、その結果大勢の人が感染し、亡くなられた。
きっと「着用しないよりはまし」レヴェルの代物なんだろう。これは。

医療従事者の皆さんに必要なのはこんな間に合わせのポリ袋なんかではなく、きちんとした防護服だ。
それが全員に行き渡ればそれに越したことはない。
いやそれはそもそも原則であり常識であるべきだ。
なのにその原則も常識も今やぶっ飛んでしまった。
事務員が家で作るポリ袋を最前線で感染者と対峙する医療従事者が身に着ける。
何なんだ。
何なんだこの事態は。

出来上がった「防護服」を試しに一枚、身に纏ってみた。
(その後アルコールで消毒した)
単純な切り込みのみで作ることができる割にはよくできている。
例えば、母が風呂場で白髪染めをする時には役に立つと思う。
だがそのレヴェルだ。
当然だ。ポリ袋なんだから。

僅かしか役に立たないと分かり切ったものを作り続けるのは、しんどい。
だが、僅かでも役に立つのであれば作らねばならない。
なので、明日も私と母はポリ袋を切り続ける。

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