TRPGで「シナリオの想定」に従いたい人々とロールプレイ

 こんにちは、アノマロです。もう年末ですね。皆さんの今年のTRPGライフはいかがでしたか?
 わたしは大変ありがたいことに今年もたくさん遊ばせていただきました。

 前回の記事、沢山閲覧していただきありがとうございました。
 今回は「シナリオの想定」という概念について自分なりの考えを述べていきたいと思います。

「シナリオの想定」とは

 「シナリオの想定」という言葉は一般的な用語ではないので、わたしの中での定義を述べておきます。
 TRPGのシナリオには程度の違いこそあれ「シナリオの想定」が含まれています。プレイヤーキャラクター(以下PC)がどのように動くかを想定してシナリオの描写や判定などを書いている部分があるわけです。PCを操作するのはゲームマスター(以下GM)以外のプレイヤーですから、PCがどのような行動をするかは事前に分かりません。なので想定となるわけです。

 例えばクトゥルフ神話TRPGだと「探索者が依頼を受けると、依頼人の山田は事件が起こった物件の場所を教えてくれます」などといった文章を見かけるでしょう。PCが依頼を受けることを想定してシナリオが書かれています。これが「シナリオの想定」です。

 待ってくれよPCが依頼を受けるなんて当たり前の確定事項だろ、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそもPCの操作権はプレイヤーにあるわけですから、厳密には断る自由もあるわけです。実際には依頼を受けないと話が始まらないのでほとんどの場合は受けることになりますが。

PCの行動を全て想定するのは不可能

 当たり前の話ですが、プレイヤーが自由にPCを操作した場合、その行動すべてを想定するのは不可能です。
 例えばソードワールドで村を荒らす蛮族を討伐するというシナリオがあったとします。「シナリオの想定」としては、PCたちが蛮族の棲みかに出向いて討伐するというストーリーを描き、森のマップや遭遇モンスターなどを用意していました。しかしプレイヤーたちは村で待ち伏せをして蛮族を迎え討つという想定外の作戦をとります。そのために村人たちを別の村に避難させ、丁寧に村に罠を張り巡らせるなど、作戦は実行に移されていきます。

 これは「シナリオの想定」にない行動なので、当然村の詳しいマップなど用意されていませんし、蛮族がどの方角からどんな隊列で襲って来るかも決まっていません。このように「シナリオの想定」を外れた事態はいつでも起こりうるのです。PCには無限の行動パターンがあるわけですから。
 (「こんなこと昔は日常茶飯事だったんだが?」「これくらいのことGMが対応できなくてどうする」「ワシがGMなら……」と言いたいベテランのみなさん、ここはグッと抑えてください。そういう趣旨ではありません!!)

誘導とシナリオ破壊

 もちろん、GMとしては「シナリオの想定」になるべく沿った行動をしてもらいたいと思うことが多いでしょう。なぜならば想定通りの展開になった方がシナリオ描写も判定もちゃんと書かれているので安定したセッションになるからです。そのために「誘導」をします。先ほどの蛮族討伐の例ですと、NPCの村人に「村で暴れられては困る。森に討伐に行ってほしい。そうすれば報酬に上乗せするから」などと言わせれば、大概の良心的なプレイヤーはそのようにしてくれるでしょう。

 こういった「誘導」をすればプレイヤーは村人が単にセリフを言っているということ以上に、GMの「森に行って蛮族を討伐してほしい」という意志を読み取ってくれます。「なるほど、GMは森に行ってもらいたいんだな」という考えに至れば、よほど自分が自由な行動をしたいという欲求が強すぎない限りそうしてくれるでしょう。

 そしてよほど自由な行動をしたい欲求が強い人も中にはいます。そういうプレイヤーはGMの誘導を振り切り、強引に自分のやりたいことを通してしまいます。「誘導」を振り切って「シナリオの想定」にない行動を押し進め、結果としてGMがシナリオ想定外の闇の中を進まざるを得なくなってしまうことを「シナリオ破壊」と私は呼んでいます。

 わたし自身は「シナリオ破壊」は割と問題なく対処できますが、そのシナリオを象徴するような特にかっこいい演出などはなるべく踏んでほしいので、そこはなるべく「誘導」しています。

シナリオの想定に従いたい人々

 「シナリオ破壊」をされることに抵抗のあるGMも多いと思います。単純にアドリブ処理が苦手な方もおられるかもしれませんが、わざと「シナリオの想定」から外れる破壊行為をすることを悪意と捉える方も少なくないでしょう。

 そして「シナリオ破壊」という悪行を知らずのうちにしてしまうことを恐れる人々がいます。それが今回の記事の主題である「シナリオの想定に従いたい人々」です。「シナリオの想定」に従わないことでGMに迷惑をかけてしまうという発想はこれまでの記事で述べたことに基づいています。

 でも、待ってください。「シナリオの想定」に従い続けるなんてことが本当に可能なのでしょうか。「誘導」されたならともかく……


 いえ、1つだけあります。少なくとも「シナリオの想定」を外れない方法は……


 それは行動をしないことです!!!!!!

行動をしないこととロールプレイ

 行動をしなければ少なくとも能動的に「シナリオの想定」を破壊することはありません。

 いや、PCが行動をしなければTRPGが成り立たないのでは?

 確かに全く行動をしなければ確かに成り立ちません。なので「シナリオの想定」を絶対に破壊しない程度の行動をすればいいのです。つまり「会話」をします。

 NPC相手やPC同士の会話で「シナリオ破壊」が起こることはまずありません(インセインで自分の秘密を喋っちゃうとか、例外はありますが)。写真を撮るとか、イスを蹴っ飛ばすとか、そういったちょっとした行動を織り交ぜるのもアリでしょう。そういった「シナリオの想定」に干渉しない会話や行動が「ロールプレイ」になるわけです。

 一般的な「ロールプレイ」の定義は様々な議論を呼びますのでこの場では割愛させていただきますが、少なくとも「シナリオの想定に従いたい人々」の中でのロールプレイは上記のようなニュアンスになるとわたしは考えています。

シナリオの想定に従うセッション

 「シナリオの想定」に従いたい人々のセッションはどうなるでしょうか。大体の流れはこんな感じです。(なお、シノビガミ等のサイコロ・フィクションやらは話が違って来るので、ここではクトゥルフ神話TRPGやソードワールドなど割と自由な行動ができるTRPGを想定しています。)


GMが状況を描写する。必要なら判定を要求する。

プレイヤーが「ロールプレイ」をする。

ある程度「ロールプレイ」が盛り上がったらGMが次の場面に進め、新たな状況を描写する。必要なら判定を要求する。

プレイヤーが「ロールプレイ」をする

(※繰り返し)


 対して、「シナリオの想定」にそこまで執着しない人々のセッション(昔ながらのセッション)はこんな感じです


GMが状況を描写する。

プレイヤーがやりたいことを宣言する。
「ロールプレイ」も織り交ぜる。

GMはプレイヤーの宣言した行動の結果を描写する。
必要なら判定を要求する。
場所を移動したり時間が経過したなら新たな描写も加える。

プレイヤーがやりたいことを宣言する。
「ロールプレイ」も織り交ぜる。

(※繰り返し)


 どうですか。これらの2つのセッションは、前者はGMが話を進め、後者はプレイヤーが話を進める、という点で全く異なります。
 皆さんはどちらのパターンのプレイヤー(あるいはGM)でしょうか。

 個人的な感想ですが、今のTRPGの全体的なユーザーを見ると「シナリオの想定に従いたい人々」の割合が多い気がしますし、年齢層が若くオンラインセッションを行う人ほどその傾向が強いように思います。

シナリオの想定に従う流行シナリオ

 同人シナリオの制作が最も盛んなのはクトゥルフ神話TRPGなので、この項ではクトゥルフ神話TRPGを念頭にお話しします。

 最近の流行シナリオにおいては「シナリオの想定」にプレイヤーが従うことが前提のシナリオが多数派になっています。そういうシナリオでは探索者がどういう順番でどこに行くか、割と細かく決まっています。探索者の行動によって分岐があるシナリオもありますが、その場合でも有限個の選択肢がシナリオから提示され、それ以外の選択肢は想定されていないことが多いです。その分シナリオ内に書かれている描写は盛り沢山です。

 そういう流行シナリオは、先ほどの「シナリオの想定に従うセッション」を行う人々にマッチしています。
 そうでない人は「誰がやっても同じセッションになるじゃん」と思われるかもしれませんが、そうではありません。

 プレイヤーにとって自分のPCがどんな気持ちになったか、どんなリアクションを取ったか、他人のPCとの間にどんなやり取りがあったかなどが全然違うものになるからです。むしろどのセッションも状況がほぼ同じになる分、そこの差異が際立ちます。また、別々のセッションを行ったプレイヤー同士でも、体験したことは大体同じになるので盛り上がって話をすることができます。

重要なのはお互いを認識すること

 シナリオの想定に従いたいプレイヤーと自分で行動をしていくプレイヤー、それらが互いに出会ってしまった場合、不具合が発生する可能性があります。

 例えばGMがプレイヤーに「~といった状況です。さてどうしますか?」と問いかけても、プレイヤー同士で延々とロールプレイ(ここではストーリーが展開しない会話や小さな行動程度の意味)を続けてしまって何もしない、なんてことが発生します。プレイヤーからすれば、いつまでロールプレイを続けてもGMがシナリオを進めてくれないので困ってしまう、という状況になります。これでは互いに不満を募らせてしまうだけです。

 重要なのはお互いに「そういう人がいる」という認識を持つことです。「理解しましょう」というわけではありません。認識さえしていれば対応ができるからです。

 例えばプレイヤーは「あれ、このGM話進めないな?」と思った時点で「好きな行動しちゃってもいいんですか?」と聞けばいいわけです。自由な行動が苦手ならそうぶっちゃけてしまえばいいでしょう。
 GMは「あれ、このプレイヤーたち一生ロールプレイしてんな?」と思った時点で「ウチではやりたいことを自分から決めてほしいです」と言えばいいわけです。プレイヤーがそういうのが苦手そうなら、判定を振らせて(例えばクトゥルフ神話TRPGなら〈アイデア〉)行動を思いつかせてあげればいいでしょう。

 自分とは違うタイプがいると認識していなければ、プレイヤーからすれば放置GMだし、GMからすればRPしかしない迷惑プレイヤーになってしまいます。

結論:それもTRPG

 自由な行動を愛するTRPGプレイヤーからすれば「シナリオの想定」に従うセッションや、それを前提としたシナリオは「TRPGじゃない」と断じてしまいたくなるかもしれません。「作者の小説でも読んでろ」「コンピューターRPGの方がまだ自由度がある」と言っちゃう人もいます。
 逆に「シナリオの想定」に従いたいプレイヤーからすれば、自由主義のプレイヤーは扉を破壊したりゴブリンの巣穴を燻したりして「シナリオ破壊」をする単なる地雷と映るかもしれません。

 自分の理想のTRPG像があることと、それに反するTRPGが存在するのを認めないことはイコールではありません。
 お互いの存在を認識していれば、トラブルも減るでしょう。それもTRPGだね!と。

 実際、わたしも数年前までは、オンラインで集めたプレイヤーの中に茶番ロールプレイばかりしてて話を進めようとしない人がいるのに困っていました。今ではその人たちに悪意がなかったこともわかります。もしかしたらGMの私の進行を待って必死に場を繋いでくれていたのかもしれません。
 今ではどちらのパターンのセッションも半々くらいでやるようになりました。

 もちろん「シナリオの想定に従う」セッションかどうかは0か1かではありませんので、いろんな流儀のプレイヤーがいると思います。
 あなたは「シナリオの想定」とどう向き合っていますか?

 それでは、長文ブログにお付き合いいただきありがとうございました。
 良いお年を! そして来年も良いTRPGライフを!

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