0117_1本分
「タバコ1本分の時間ある?」
これ、何分なのか分からなかった。声をかけてきたのがいくつも上の先輩だったものだから付いて行った。けれど、全く了承したと思われては困るので、「ああ」とも「はい」とも「はあ」とも取れる感じで濁しておいた。こんな声掛けを行う人には何の抵抗にもならないと分かっていたけども。
「大体ね、先方の頼み方が気に食わないよな」
タバコの吸口を人差し指と中指の根本で挟みこみ(タバコを抜き取ってしまえばちょっと格好つけたピースになる)、愛おしむように吸口に口づけた。なんそれ、愛か。
「いや、それについてもだなぁ」
彼の云う『それ』は私が口を出したものではない。と、言うか、私はこの時間一言も発していない。これでいいのかと思うが多分いいんだろうな。彼は吸っては煙を吐き出し、文句を出しては唾液の飛沫も出すのだった。1度の吸うに対してあらゆるものを出し過ぎではないかと少し心配になる。意を決して口を挟んでみる。
「タバコ、美味しいですか?」
「え、ああ、吸ったことないのか。お子ちゃまだなぁ」
危うく頭をぽんぽんとされそうになったので華麗に避ける。同性だからとて、頭ぽんぽんは好きな人だけにされたい。
「美味しいかと言われれば美味しいね。もうこれがないと生きていけないからなぁ」
そう言って、彼はまたも愛おしそうに、慈しむように、ジジジと燃えていくタバコを見つめた。見つめ返される、などということはなく、確実にタバコは燃えていく。
羨ましいものだ。これがないと生きていけないがあるって本当に羨ましい。多分、それは相手がタバコだから成り立ったりするのじゃないか。どんなに愛でても嫌われたり捨てられたりすることはない。ニコチンやタールなどという物質は中毒性を持ち合わせているので、自分から離れていくこともないのだろうし。
究極の相思相愛だ。
でも。僕はポケットに手を入れて小さな包みを取り出した。
「僕はタバコの煙は苦手です。なので、今度からはこれで声掛けてください」
僕は彼の手にそれを渡した。大好きなキュービーロップ。
「ふた粒入ってますけど、時間はひと粒分でお願いします。じゃ、ひと粒舐め終わったので帰りますね」
期間限定のあまおう苺としゅわソーダ味を渡した僕の優しさは伝わるだろうか。見ると、彼の手元のタバコはまだ小さく燃えている。タバコ1本分とキュービーロップひと粒分はきっと同じ時間。
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