0118_1つをたくさん
好きなものは1つだけにしたいと言った彼女の部屋は、モノで溢れているのだった。
「1つでいいんじゃないの?」
私がそう言うと彼女はきょとんと不思議そうな顔をするのだった。
「うん、1つでいいんだよ」
「でも、こんなにモノがたくさん」
私が部屋を見回すのを見て、彼女も同じように視線を流しているが僕の言う言葉にはピンと来ないようだった。彼女の部屋は8畳ほどだろうか、それとは別にキッチンと洗面所、お風呂場、トイレがある。一人暮らしであるならば狭いと思うほどではない。でも、ただただモノが多く何となく圧迫感がある。彼女の名誉のためにも追記しておくと、モノは多いが汚いわけではない。例えば整理整頓はなされているし、恐らくはキャラクター別やカラー別などにちゃんと分類して置いているのだろう。乱雑なわけではなさそうである。ただ僕が、初めて入る女の子の部屋と言うことで緊張感も合わさってどことなく圧迫されているだけなのかもしれない。
「うーん、そんなにあるとは思えないんだけどなぁ」
彼女の伏せた右の目元を見ると、薄いほくろがあった。色素の薄い黒髪とリンクしているようで可愛い。僕は少しドキドキしてしまい慌てて視線を移した。
「あっ、ほら、あの小さなぬいぐるみ。色違いでいくつか同じものある。1つじゃないよね」
僕はカラー別にあちらこちらに飾られているカエルのぬいぐるみを指差した。赤、ピンク、オレンジ、緑、白のそれらは色こそ違うが姿形は一緒である。
「同じじゃないよ」
怒るような顔を見せて彼女が言った。頬を膨らませて怒るのではなく、口を一文字に固く結んだそれが可愛らしい。あ、右の下唇の際にも小さなほくろがある。僕は思わず顔寄せる。彼女もグイと近づきお互いの顔が急接近した。あっ、と思う間もなく、僕の顔をすり抜けて僕の後ろにもいたらしい黒いカエルのぬいぐるみを手に取った。
「この子は私が怖いと思っているときに寄り添っていてくれるし、そっちの赤の子は嬉しいときに抱き締めるよ。ドキドキするときはピンクの子を持つし、楽しいときにはオレンジの子と握手したりする。緑の子は私を癒してくれるし、白の子は私をまっさらにしてくれる」
色とりどりのカエルを一つ一つ手にして、彼女は優しく笑った。
「他のものも一緒?」
「うん、どれも1つずつ、1つずつの意味があるの。泣きたいときにつける香水や今日みたいに嬉しいときにつけるこの香水とか。ね、私にとって全部1つだけなの」
そう言って彼女は僕にぎゅっと抱きついた。彼女の言う嬉しいときの香りがふわりと香る。彼女の言う通り、どれもきっと彼女にとってのたった1つなのか。
・・・・・・じゃあ、僕は彼女のどの1つの男なんだろう。
彼女のひんやりとした手が僕の頬に触れる。
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