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0121_ゲンゴカ

 さっそくだがね、と楓は言った。右手の人差し指と親指を伸ばして角を作り、その角を顎に当て、眉毛をわずかにひそめてみる。まるでなにか重要なことを考えてでもいるようだった。そうして、当てていた指の角を外すと、今度は鼻から大きく息を吸い込み、口から細く長くゆっくりと吐き出す。吐ききると、口を開けて一拍おき、話し始めた。

 言葉にできないことを言葉にする難しさ。諸君は分かるかね。ああ、この場で答えなくとも良い。頭の中に浮かべてくれればそれで。もちろんそのような難しさなど露ほども知らないと言う答えも結構。いずれにしても、そんなことは容易だと言う答えは少数だろうよ。それはだって、できないものをしようと言うのだから、簡単ではないはずだ。簡単であるならばそれはもう『言葉にできる』ものだろう。できないものだからもどかしい。
 言葉にできないものとして、気持ちや思いがあるね。好きな人がいるとして、どこがどう好きかは言葉にできるだろう。でもその好きが『どういう具合で好き』なのかは言葉にしづらい人もいるのではあるまいか。ん、おお、小林くん、なんだね。
(僕は愛する人の愛する具合に関しては明確に言葉で言い表すことができます。だって、愛しているのだから)
 そうか、小林くんは明確に分かるのか。羨ましい限りだ。こらこら、諸君、小林くんをそのように囃し立てるのは止したまえ。
 では、隣の庄司さんはいかがだろうか。
(そうですね、なにか例えるものがあれば近いものが言葉に出来るかもしれません)
 なるほど。例えば何々のように、という風にだね。それも良い。妙案である。

 けれどね、諸君、是非に覚えていてほしい。どんな方法であれ、どんなに愛が深くとも(小林くん、顔を赤くするでないよ)、例え話や明確に言い表すことが出来たとて、寸分違わぬ正確な気持ちを言葉にすることはやっぱり難しい。「ねえ、こういうこと、わかるでしょう?」がとにもかくにも難しいのだ。どの言葉も正確ではないのだと思って、言語化するしかない。
 だから、わかるだろうか。私が今、諸君にこの話をした理由のその気持ち、どのように思って君たちに話をしているのか。

 思いとは自由であり、自分だけのものであることを大切にすること。

 伝えることは大変に難しいね。歪曲してしまったかもしれないが、僕なりに言語化してみた。どうか、諸君のそれぞれの思いを大切にしてくれたまえ。そうすればきっといつか言葉ではなくとも表情や生き方で表れてくるだろう。

 それでは、ごきげんよう。

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