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0116_いつからでもいい

※今は1700文字になってしまいました、ごめんなさい。4分くらいかかるかしらん。


 切れるような風の冷たい日だった。駅の改札を抜け、私は呼吸を荒くして歩く。
 約束の時間まではまだ2時間もある。やっぱり早すぎたかと思いながらキョロキョロと辺りを見渡し、小さな喫茶店を見つけた。待ち合わせの場所からそう離れていないので、そこてま時間をつぶそう。私の呼吸は未だ荒く、ハッハッと寒いからこそ熱く漏れる息は目の前ですぐに蒸発していった。
 息も荒くなるし、予定より早くに着くし、そりゃあ足早にだってなるよねと、私は信号が青になるのを待ちながら思う。

「羊(ひつじ)さんのお電話でよろしいでしょうか。私、マルバツ文芸社の今野と申します。急なお電話で恐縮ですが、羊さん、おめでとうございます、第50回三角四角文学賞の最優秀賞に選ばれました。つきましては、授賞式についての詳細と書籍化に辺り今後のスケジュールについて早速ご相談させていただきたく・・・・・・」

 ある文学賞受賞の連絡を受けたのは先週金曜日の昼だった。私は会社で13時から開始する会議の準備に追われていた。大した役職もないのに日々は忙しい。
 子供も2人いて、まもなく50歳になろうと言う私は未だ憧れを捨てきれず、けれど生きるために仕事を辞めることもできず、文才があるとも思えない中で、ただただ短い文章を日々書くことを日常としている。
 毎日、必ず、書く、絶対。
 そうして時々、余裕があれば短編の文学賞に応募したりするのだが、何年目かの今回、受賞と相成った。まさか、である。連絡を受けたとき、生きた心地がせず、経験もしていないのに死んだのかと思ったほど、信じがたい歓喜であった。そうして、待ちに待った初回の打ち合わせが今日、この後にあるのだ。 
 やっぱり、気持ちを落ち着かせるためにも一度、喫茶店に入って呼吸を落ち着かせよう。そして、担当者に私の思いをどのように伝えればいいか、改めて考えよう。担当者とも、やっぱり合う合わないがあるだろうけれど、せっかく私の文章を読んで担当してくれるのだ、いくらかでも期待を持っていただけるのなら、大いに応えたい。そういえば、待ち合わせに必要だからとメールで事前に担当者である今野さんの顔写真を受け取っていたのだった。すでに確認はしているが、待ち合わせの前にもう一度見ておこう。写真は、若くとても聡明そうな女性だった。
 小さな喫茶店に入る。昔ながらのその店はカランカラーンと私の入店を店内に知らしめたが、他に客は見当たらない。
「いらっしゃいませ」
 店員が来て、奥の席に案内してくれる。薄ぼんやりとした照明の店内で斜め前に一人だけ女性の客があった。なんとなしに、私は彼女を見る。人影を感じたのか、彼女も顔を上げた。
「あ」
 私は思わず声を漏らす。まさか、そんなことは······。
 彼女は担当者となる今野さんだった。明るくはない店内ではあったが、私にははっきりと彼女の整った顔が分かった。今野さんですか、と聞いてみる。
「はい、マルバツ文芸社の今野です。もしかして、羊さんですか」
「はい、羊です。待ち合わせのお店、こちらじゃないですよね。時間だってまだ。あ、もしかして私間違えていましたか」
 私は慌てて彼女からのメールを確認すべくスマホを取り出した。
「いえいえ、場所はここではないし、時間もまだ2時間ほど先です。逸る思いでこの日を待っていたので、あなたと会うまでに私の作品に対する思いやこれからのことを改めてまとめておこうと思って一旦こちらの喫茶店に」
 照れたような顔で彼女は笑った。私はその可愛らしさと裏腹に、恐らくはちゃんと私の作品を読んで担当を引き受けてくれたのだろう、隠れた熱が見えたようで、とても嬉しかった。
「どうか頑張って書き続けますので末永くよろしくお願いします」
 今野さんは丁寧に頭を下げて、こちらこそと言い、向かいの席をあけてくれる。

 早くに来たのに、伝えたい思いも、熱も何もまとまらずの打ち合わせになってしまった。けれども私はこの瞬間が、50歳を目前にした私の人生の始まりのような気がして、ほんの少し、小さく笑ったおいた。

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18時からの純文学
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★著者:あにぃ

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