志願の仕組み

少し前から居る200万年後の世界のファミレスで、詩人のOtotoriと相席になった。飲み放題の珈琲を啜りながら、詩人Ototoriは囁いた。

「塩化ビニールの円盤に溝を掘ったもの、所謂アナログレコードだけが録音媒体だった時代のことだと思いたまえ」

「ここに一人の演奏家(ピアニスト)がいて、彼は、世界中の人々に自分の演奏を聞いてもらいたいと思っている。そして、もう一人の男がいる。彼はアナログレコードの製造工場の経営者だ」

「演奏家がレコードの製造を依頼すると、その経営者は、演奏家自身が工場で働いてレコードを製造することを提案する。実は、その工場は経営不振で、工員が誰もいなくなっていたのだ。賃金未払いが原因だろう」

「経営者は更に言う。工場労働に対する賃金は払えないが、演奏家のレコードが売れたらその売上げは全て、演奏家が手にすることができる。それに、そもそも、演奏家は世界中の人々に演奏を聞いてもらうことが本望のはずだと」

「演奏家は承知して、工場で働き始める。そして、例えば、働き始めて三日目に、大事な指を機械で潰すことになるのさ」

詩人Ototoriは珈琲のおかわりに立ち上がった。

「わかるだろ?」

(『無灯火:オカバヤシハルオの冒険』より)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?