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全ての出来事には意味がある

20代後半頃から、周りと比べて落ち込むことが増えた気がします。

自分自分、他人は他人。
隣の芝生は青く見えるだけ。

そんなこと頭では分かっていても、どうしたってライフイベントの変化が激しいこの年齢はいろんなことで気持ちが上がったり下がったり。

-あの人はいいな
-なんで自分はこうなんだろうな

こんなこと考えても意味ないことは分かってるから、そんな自分に呆れたり責めたりしてしまうんですよね。

先日、大好きな方から言われた言葉で心が救われたので本当に久しぶりにnoteを書こうと思いました。

「嫌なことやうまくいかないことほど、自分に何かを伝えるためのメッセージ。全ての出来事には意味がある。もし今、周りに苦手な人がいたりうまくいかない出来事があるなら、それはあなたに何かを伝えているということ。それを見落とさずに自分と向き合うことで必ず乗り越えられる。」

とてもシンプルな言葉だけど、私にとってはとても胸に響く言葉でした。

思い返してみれば、部活動で努力が報われなかったことも前職で後輩育成に悩んだことも離婚したことも現職でうまくいかなくてモヤモヤ悩んだことも私に大きな気づきを与えてくれるものでした。

あの時、ただシンプルに「相手が悪かった」で終わらせていたらわからなかった。
表面的な事象だけ見て終わらせていたら気づけなかった。

なぜこういう結末になったのか?
何が満たせていなかったのか?
私はなぜああいう言動をしていたのか?

誰が悪者なのか、とジャッジをするためではなく、自分を責めたり反省するためのものでもなく、ただ純粋に事実とその時の自分の感情を整理して次に進むための経験を手に入れることが大事なことだと。

嫌な出来事を深掘りして自分と向き合うことは辛いししんどいけど、向き合うことでようやくその出来事が自分にとってただの出来事ではなく「経験」になっていくんだなと思いました。

最近の私は、周りと比べて落ち込んだり、急に「自分は置いていかれてるんじゃないか」という不安に押しつぶされそうになったり、そんな不安と向き合うのが怖くて仕事をして忘れようとしたり、でもふとした時に思い出してまた大きな不安に押しつぶされそうになったり。

なんだか感情が上がったり下がったり忙しい日々を過ごしていました。

でも、この上がったり下がったりな不安定な今も、何かを伝えるためのメッセージなのだとしたら。

この出来事を経験に昇華させることで、この先の私はさらに輝けるかもしれない。
そんなふうに思えました。

周りからしたら、今の私の悩みなんて大した悩みではないと思われるかもしれない。
もっともっと悩んだり苦しんでいる人はたくさんいるし、同じ状況にいる人でもきっとまるっきり同じ気持ちではない。
表面的な共感はできても同じ人間ではないから、本質的な共感はできないものだ、と思う。

だからこそ、今の苦しみも悩みももどかしさもたくさんたくさん味わって、噛み締めて、たくさん自分と対話して、一回りも二回りも大きく逞しい女性になれたらいいなあ。

そしてそのパワーを周りの人たちに還元していける人でありたい。

人間パワースポットになるまでまだまだ道半ば。
今日も私は自分を愛し、周りに感謝し前に進みます!!!

最後まで読んでくださりありがとうございました!

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