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ネズミは好きですか?

日本で唯一の街ネズミ写真家・原啓義 @harahiroyoshi_ さんの伊奈信男賞受賞展示、街ネズミ写真展『まちのねにすむ』におじゃましてきました。

タイトルは、パネルを眺める来場者に原さんが話しかけるときの言葉です。
来場者は、ネズミが好きでネズミの写真が見たくて来る人ばかりではありません。会場のニコンサロンはニコンプラザというショールームの一角にあるので、カメラを見に来たついでに写真展を覗く人もいます。
そんな感じの人が原さんに「ネズミは好きですか?」と尋ねられると、
「いや、それほど…」だとか
「特に好きというわけではないんですが…」
と言った後に
「でもかわいいですよね、ネズミ」
「こんなにかわいいと思いませんでした」
と言います。原さんは「かわいいでしょう?」と答えます。

原さんの写真の被写体になっているのは、決して衛生的とはいえない場所が多いです。写真ににおいを表現する機能があったら、深呼吸はしたくないなと思うかもしれません。
そんな場所に顔を出し、餌をあさり、駆け回る、不衛生な生き物の代表格・ドブネズミ。嫌われ者の彼らは、人を襲うわけでもなく、積極的に狩りをするわけでもありません。人間の暮らしの中で余ったもの、不要になったものを目当てに集まって、ただ自分の命をつなぐ、それだけのために生きています。里山や草原で暮らすネズミがいるように、彼らは街で暮らしています。

野生動物である彼らは自分の身を守るために、敵である人間やカラスなどの目を盗んでわずかな隙間から隙間へと素早く動きます。あまりに早すぎて、ネズミの動きを見慣れていない人間には見ることはできません。
人間は、自分に見えないもの、自分が感じることができないものに対しては「ないもの」と思ってしまうところがあります。街で暮らすネズミも、私たちの目にふれない限り「いない」ことになっています。

でもたしかに、いる。います。街のネズミたち。
展示された写真の中には、路地を素早く駆け回り、輪郭も定かでない影だけの静止画として切り取られた一瞬の姿があります。

原さんの写真の中にいるドブネズミたちは、ホームセンターで売っている殺鼠剤の箱に描かれたイラストのような凶悪な顔ではありません。くるっと澄んだ目をして、少しとぼけたような表情をしています。
排水溝の網目から顔をのぞかせたり仲間とじゃれあったり、餌を前にして争ったりするドブネズミたちは愛らしくコミカルです。
けれど、そんな心和む場面だけではなく、野生で暮らす厳しさや「害獣」として扱われる現実も写されています。

私はかつてスナネズミを通算4匹飼育しました。その間にネズミつながりで知人も増えました。それぞれハムスターやラット、スナネズミ、パンダマウス、シマクサマウス、デグーなどなど、皆さん様々なネズミを飼っています。どのネズミもみんなかわいい。ネズミのかわいさは格別。ええ、ネズミ好きです。大好きです。
でも、原さんの写真展には、ネズミ好きの自分がネズミ好きなのにまったくといっていいほど知らないネズミがいました。原さんの写真でしか見られない、都会で生きるドブネズミたちです。

私は原さんの「街ネズミカレンダー」を毎年購入しています。2021年に発行された福音館書店の『たくさんのふしぎ 街のネズミ』は「見る用」「保存用」の2冊購入しました。Twitterのアカウントもフォローしています。なので原さんの街ネズミの写真は毎日目にしているといってもいいと思います。
それでも、パネルにされた写真がずらりと並ぶ写真展は特別です。直線的な空間に四角い写真が並べられて照明が当たる。きゅっと締まった空気感とコントラスト。画面をスクロールするのではなく、紙のページをめくるのでもなく、自分が体を移動させながら、一枚一枚の写真と出会い、向かい合う。あの感覚は、実際に会場に足を運ばなければ味わうことはできません。

ネズミが好きな人も、そんなに好きではない人も、都会で生きる「街ネズミ」のありのままの姿をぜひ、会場で見てほしいと思います。

 会期:3/22〜4/4(日曜休館) 場所:新宿ニコンサロン https://nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2022/20220322_ns.html