HDRという色空間とDolby Vision

まずHDRという色空間などない。タイトルにまでしておいて何を言うのか、というところだが、HDRという色空間はない。
とは言え送出用の色空間であるst2084/rec.2020もしくはHLG/rec.2020がHDRの色空間と見なすことは出来るだろう。
特殊な例を言えばst2084/P3(DCI)というものもある。これは映像制作時に用いるものだが、例えばネットフリックス等、このフォーマットを指定するプラットフォームも有る。

ここまで読んで、HDRってHDR10とかDolby Visionのことではないか?とおもうかも知れない。
HDR10は配信やパッケージで用いられ、st2084/rec.2020 量子化深度10bitの映像規格であるのでHDRの色空間だと言えばそうであるが、HDRの色空間がHDR10というのは必ずしもそうではない、ということは知っておきたい。
とはいえ、HDR映像の事実上の標準はHDR10ではある。
HLGはARIB STD-B67/rec.2020を採用する放送用の規格で、HDR10のガンマ違いだと思えば良い。

じゃぁDolby Visionは?という疑問が出るだろう。
Dolby VisionについてはMixingLightの記事が非常に秀逸であるのでこれを見るのが一番良い。
https://mixinglight.com/tutorial-series/getting-to-know-dolby-vision-hdr/
とはいえ英語の記事でもあるので流石に読むのが億劫でもある。簡単に概略のみであるが説明したい。

Dolby VisionはHDR映像を表示する際にトーンマップを映像制作側でコントロールしよう、という手段とみなすのが適切な理解である。

ここでトーンマップとはなにか、ということを知る必要がある。
st2084では0-10000cd/m2までの明るさを輝度として定義している。すなわちst2084の映像を表示するためにはモニタ側にも0-10000cd/m2を十分表示できる事が本来必要である。
しかし現在のモニタやテレビではそれは不可能であり、テレビやモニタごとに、性能に応じて表示出来るように明るさを調整している。
例えば600cd/m2しか出せないテレビで輝度を信号通りに出力してしまうと600cd/m2を超えた部分は全てクリップしてしまう。
それではHDR映像の表示において不具合となってしまうので例えば400cd/m2は300cd/m2に、500cd/m2は350cd/m2に、といった調整を行う。
これがトーンマップであり、ロールオフなどとも呼ぶことも有る。

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これは実際のHDRディスプレイの出力特性を測定したものである。4K HDR anime channelではHDRディスプレイのキャリブレーションにも取り組んでおり、トーンマップの最適化により適切なHDR表示を可能としている。
ここで見たいのは白の点線とRGB各色の出力である。
白の白線は規格上の出力を示し、実線はRGB各色の出力を示す。
st2084の場合50%で100cd/m2、75%で1000cd/m2程度の出力となる。しかし本機では500cd/m2が上限であるため、80% st2084を500cd/m2になるように調整してある。加えて見え方が好ましくなるように補正をしている。この操作がHDRにおける視聴用のキャリブレーションである。

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同じキャリブレーション後の出力特性だが、こちらでは出力が規格の出力と一致している事がわかるだろう。注目すべきは輝度が500cd/m2に達しクリップする位置である。規格と一致させると70%で完全に飽和し、出力がフラットになってしまう。先の例では80%で飽和していたことを思うと表示可能なレンジが狭くなることが分かる。
視聴には不適切だが、映像制作においては正しい表示を前提に操作を行う必要があるためこの状態にする必要がある。

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例えば4K HDR anime channelでリファレンスとして使用しているPA32UCXではこのような出力特性を有する。
75%の1000cd/m2程度まで規格に沿った出力をしており、このモニタであれば1000cd/m2まで正しい表示で見ることが出来る。


余談だが先程の500cd/m2でマッピングを施したディスプレイのガンマを見るとこの様になる。

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Dolby Visionはこのガンマが映像に応じて変わると理解すれば良い。
先も述べたがトーンマップの補正により、通常のマッピングでは規格上必要な色や明るさに至らない場合が出てきたり、そもそものマッピングが適切ではない場合がある。
Dolby Visionの可変ガンマを用いることでマッピングが最適化されたり、シーンに応じてガンマを変化させることで例えば暗いシーンであればマッピングをしない、明るいところだけマッピングをかける、といった動的な制御が可能となる。
*ただし動的なマッピングはルックが一定にならないという欠点がある。欠点と言ったが場合によってはこれは致命的になり得るもので、個人的には適切に設計された固定マッピングの方が最終的には好ましいルックを供すると考える。

逆を言えばst2084でなければDolby Visionを用いる意味はない。HLGの場合ガンマ特性が固定で表示される画はディスプレイの出力に依存する。
明るいテレビであれば明るく、暗いテレビなら暗くなってしまう。
BS4Kが暗いことが問題になっているが、それはこれが理由であろう。

iPhone12がDolby Vision/HLG compatibleの形式で映像を撮影することをPRし始めたばかりであるが、ガンマが固定である事が前提となるHLGにガンマを可変とするDolby Visionを採用することは疑問と言わざるを得ない。
*意味がないとは言わない。暗いテレビではHLGガンマでは暗すぎるため。

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