番外編:HDRは明るい?

HDR映像、明るくて鮮やかなことだと思う者も少なくない。
しかしそれは大きな間違いである。
SDRだって明るい画はいくらでも出せる。LCDならバックライトを明るくすればよいだけだ。
色も同じ。広色域パネルで表示すればそれは色がきつくなることだろう。

そもそもなぜHDRという映像規格が生まれたのだろうか。
SDRでは広いダイナミックレンジや鮮やかな色を定義することは出来ないのだろうか。

これは何れもNOである。SDRの信号で広いダイナミックレンジを収め、鮮やかな色を定義することは出来る。
これはそもそも映像とはなにか、を考える必要がある。

映像信号から作り出される表示は、映像信号とそれを表示系に戻すためのEOTF、そして実際に表示する表示機器の表示特性とパフォーマンスに依存する。
信号×EOTF×表示特性と表示性能、なのである。
例えば10000cd/m2とrec.2020を完全に出せるモニタでグレーディングを行えば、今のHDR映像に負けないどころか、それ以上の表現をすることは十分できる。
SDRの信号だからダイナミックレンジが狭いということは一切ない。例えば各社ログ撮影やRAWで撮影した映像などはSDRでみても非常に幅広いダイナミックレンジと豊かな色情報を持っている。

では何故そうしないか。
一つはそんな表示機器が存在しないこと。
もう一つはそれで作った映像を普通のテレビで表示した場合にどうなるか、である。

前回の記事ではガンマ補正が今も残る理由に、過去のテレビで正常に映せなくなることを指摘した。
これと同じことが起こってしまう。
上にも書いたが、ログやRAWをそのままSDRで表示すると非常に暗く、色も不足して見える。

これはSDRで通常想定する画が広いダイナミックレンジや豊かな色を想定していないことが原因である。
SDRは未だにブラウン管の時代の規格であり、ブラウン管と同じガンマ補正を採用していることを先に述べた。
これはガンマだけでなく、想定する輝度レンジや色についても同じである。

SDR、ここではbt.709及びbt.1886を考えると、その表示規格は次の通りとなる。
色域:rec.709
輝度レンジ:0.1-100cd/m2(*)
*標準値であり定義はない。厳密にはディスプレイの最低輝度と最大輝度
ガンマ:1.8~2.4

ここで注意したいのは輝度である。注釈でも書いているが、SDRに輝度の定義はない。むしろst2084の様に輝度として定義しているのが珍しいと言える。
しかしそれでは映像制作を考える際に全く基準がないこととなる。そのため、映像制作においては0.1~100cd/m2程度と仮定することが多い。
これはそもそもブラウン管の性能を想定したものであり、その意味では未だに一般のSDR映像はブラウン管向けに作られている、と言っても過言ではない。

ブラウン管の画というのは基本的にプリントした写真が連続的に動くことを想定している。つまり100cd/m2とはプリントした紙の白でしかなく、その範囲内での制作を強いられているのがSDRでの映像制作である。

すなわちSDRで想定している画というのはプリントの範囲ということになる。そこにプリントを大きく超えるようなログやRAWのダイナミックレンジをいれたところで、表示系が追いついていかないのだ。
ならばそれを変えてしまえばよいではないか、というのは至極そのとおりであるが、しかしそれは簡単ではない。同じ規格であるのにその中身を急激に変えてしまえば、その影響が余りに大きいからだ。

基準は皆がそれを準拠するから初めて基準足り得る。その意味では今更SDRの映像の基準を大きく変えることは極めて難しい、というのも実情なのである。しかしながら、過去に縛られずに現代の表示機器を想定した画を作ることも決して悪ではなく、むしろ画質の面では本来それが好ましいことは言うまでもない。しかしそれにも限度はある。

ここまで読んで一つ疑問を持つだろう。
普段見ているテレビって暗くないし色も凄くキツイんだけど・・と。
最初に述べたが表示される画は信号×EOTF×表示機器の特性と性能である。
つまり高性能な表示機器でSDRを表示すれば、それがいいか悪いかは別とし、明るさと色がそれだけきつく出てしまう。
それだけの話である。
SDRで過去の基準に従って映像制作をする、ということはそれだけ表現の幅を無駄にしているとも言えるのだ。

限度を超えるには新しい規格を作るしかない。そうして登場したのがHDR、SMPTE st2084やARIB STD-B67、PQやHLGと呼ばれる規格である。
これらはSDRよりも広い輝度レンジを想定した規格となっており、st2084では最大10000cd/m2、HLGでは通常1000cd/m2までの表示を前提としている。

重要なことは、高輝度をカバーしているからといって高輝度を使用する必要があるわけではなく、そこまで表示しうるディスプレイで表現できる範囲で画を作っていい、ということになったということだ。

LightillusionのSteveによるHDRの解説がこの辺りについて非常に適切かつ秀逸である。
http://www.edipit.co.jp/products/detail.php?id=128
HDR映像に興味がある、もしくは制作する必要があるなら是非一読をしておくべきだろう。

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