稽古の差し入れ

ぼる塾はあんりちゃんとはるちゃんのコンビ「しんぼる」と田辺さんと私のコンビ「猫塾」が合体して出来たカルテットです。猫塾時代の話です。

お笑いライブには色んなコンビが集まって大人数でコントをするユニットコントライブというものがあります。ユニットコントライブをする時はコンビでネタを披露する時と違い、事前に集まって皆で台本を作ったり稽古をしたりします。その稽古の時に食べるお菓子や飲み物は先輩が持ってくるという風習がありました。(だいたい行く途中にコンビニで買ってくることが多いです。)

「酒寄さん、私すごく悩んでるの。」

ユニットコントの稽古帰りに田辺さんがそう言いました。稽古は皆が集まりやすい深夜になることが多く、その時も徹夜明けで電車を待っている時でした。私が「どうしたの?」と尋ねると、

「稽古の時の差し入れのお菓子のことなんだけど。」

「ユニットコントのことじゃないんだ。」

「ほら、私、ネタ書けないから基本的に台本作る時は祈ることしかできないじゃない。」

「田辺さん居眠りしてたよ。」

「目を瞑りながら祈ってたのよ!それに、私演技もよくわからないから見せ方のアドバイスも出来ないでしょ。」

「田辺さんがやると全部田辺さんになるもんね。」

「ええ、たぬきをやっても田辺になるしちびまるこの小杉をやっても田辺なったわ。」

私はガラスの仮面のパロディーコントをした時、田辺さんが北島マヤ(ガラスの仮面の主人公の天才女優)っぽい役をやって、田辺さんが田辺さん(マヤ)になりさらにその上で様々な田辺さんを演じていて田辺さんのマトリョーシカ状態だったことを思い出しました。

「だから差し入れのお菓子くらいは頑張りたいんだけどお金もそんなに持ってないから豪勢にパーっと!ともいけなくて迷ってるのよね。」

「田辺さんこの前シフォンケーキ焼いてきてくれたじゃん。あれ皆喜んでたよ!」

「まあね。・・・でもシフォンケーキは差し入れだと生クリームが添えられなくてベストな状態で提供できないから・・・本当は嫌なの。あの時の私のシフォンケーキは完璧じゃない・・・。

・・・酒寄さん!!私悔しい!!」

そんな話をしていると電車がやってきて私達は乗り込みました。電車の中でも田辺さんの悩みの話は終わりません。田辺さんは続けました。

「だからね(?)、ネタ書けなくて演技もできなくて金もない私だけど、後輩に『田辺さんとライブ一緒になれて良かった!やった!万歳!』って思われたいの。」

「田辺さん図々しいね。」

すると突然田辺さんが

「そうだわ!!」

と何かを閃いたようでした。

「酒寄さん、次の稽古の差し入れ期待していて。」

次の稽古の時、田辺さんと一緒に向かう為に待ち合わせ場所に行くといつもより大荷物の田辺さんがいました。

「はーい。」

「田辺さんなんか荷物多いね。」

「ええ。タピオカセットよ。」

「え、タピオカ?」

「今日の私の差し入れはタピオカよ!」

「タピオカって、いったいどう持って来たの?」と聞くと、黒糖で煮てタッパーに入れてきたと教えてくれました。

「なんかさ、黒糖でタピオカ煮てる時、運動部のマネージャーの気分だったわ。」

私は何部だろうと思いました。

「酒寄さん、稽古の休憩までタピオカは秘密よ。」

そして稽古の休憩の時、田辺さんは動きました。(稽古中は動いていませんでした。)

「はーい。田辺のタピオカ屋さんよ。」

田辺さんは大きなタッパーに入れたタピオカを出し、小さいプラスチックのコップやタピオカ用の太めのストローなど次々に鞄から出しました。

「本当にタピオカだ!」

「わーすげー!」

「飲み物は3種類あるわよ。ミルクティー、オレンジ、パイナップルジュース。好きなの言ってねー。」

「うわ!!本格的!!」

皆とても驚きました。後輩が「オレ、稽古でタピオカの差し入れって初めてっす。」と言っていて私も心の中で(私も)と思いました。

「酒寄さん、田辺さんってすごいですね。」

田辺のタピオカ屋さんでミルクティーのタピオカをもらった後輩が私に話しかけてきました。

「すごいよね。」

「すごいです。」

田辺さんは他の後輩の「パイナップルって合うんですか?」と言う質問に

「あんた良い質問だね!私もともとパイナップル緑茶タピオカが好きでさ!ある日、これはパイナップルジュースもあうんじゃないかって・・・(以下略)」

と生き生きと答えていました。私に話しかけた後輩が言いました。

「ミルクティーもめっちゃうまいっすよ。」

「田辺さん皆を喜ばせたかったみたいだよ。」

「めっちゃ嬉しいです!なんか田辺さん、スーパーの試食販売の人みたいですね!」

残念ながら運動部のマネージャーではありませんでした。(後で田辺さんに「タピオカの差し入れどうやって思いついたの?」って聞いたら「自分が飲みたかったら。」って言ってました。


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