見出し画像

よつんばいブーム

小学2年生の頃、突如四つん這いブームが到来した。
私とAちゃん2人だけの間で。(Aちゃんの家は庭の生簀に大量の金魚を育てていて、Aちゃんは当時流行っていた「天才えりちゃん金魚を食べた」という絵本に習って本当に金魚を食べたというウワサだった。)

四つん這いブームとは、その名の通り学校中を四つん這いで走りまわるという遊びだ。(なぜか家でやった覚えがない。)
何がきっかけで始めたのかは覚えていないが、突如として2人だけの間で流行りだしたのだ。

動きのイメージとしては「呪怨の伽倻子」が近い。
膝を付いて四つん這いをすることもあったけれど、早く走るなら膝を付かずに足のつま先側で走るのがベスト。
四つん這いで校内を走りまわるとかなり注目を集めるし、運動量も半端ない。それが気持ち良かったのだ。
階段だってもちろん四つん這いで登ったり降りたりした。下りは頭から突っ込むため、かなりスリリングだ。

当時、担任のベテラン先生が出産のため休暇を取っていて、代わりに若い非常勤の先生が私たちのクラスを担当していた。
その先生は私とAちゃんの四つん這い行動について何も言わずに見守ってくれたので、私としては理解されていると感じてその先生にかなり好意を抱いていた。
今思い返してみると、単に戸惑って何も言えなかっただけなのかもしれないが。自分のクラスの生徒が四つん這いで走り回り始めることを想像すると、今の私なら確実に恐怖を覚えるだろう。

その後、休暇が終わって帰ってきたベテラン先生に「人間は二本足で歩くものです。」と注意されて、私とAちゃんの四つん這いブームはあえなく終焉を迎えた。

四つん這いブームについては、これまで友達にも話したことがない。
恥ずかしいとかそういうことではなく、その頃の自分にとって至極自然な行動だったからだ。取るに足らないことという感覚があって、大人になってからも周りに話す気が起きなかった。

最近になって、幼い頃に持っていた自由なエネルギーについて考える機会が多くなった。
前に「人生のヒントは幼い頃執着したものに隠れている」と聞いたことがあったからかもしれない。

私の友人の1人は「離れていても相手の心境や状況が手に取るようにわかる」という特殊な能力を幼い頃から持っている。
例えば、久しぶりにLINEで話すとき、こちらが何も近況を話す前から「良いエネルギーを感じてた」と言われたり。
彼は言葉をあまり使わないので、細部にわたりその感覚を説明したりはしない。ただ、彼と話していると、話す前から私の感じてることや周りの環境がどういう状態か全部知っているということが口にする言葉の端々から伝わってくる。

しかし、小学生の頃は今よりもっと「わかった」と言う。

彼は幼い頃に軽い言語障害を持っていて、特殊学級に入っていた。言葉がうまく話せなかったため、コミュニケーションは言葉以外で行うことが多かったそうだ。つまり、表情やジェスチャーを多用していたのだ。
言葉以外に頼ることで自然に相手の目の動き、口の形、仕草などを頼りに相手の気持ちを読み取る能力が鍛えられ、それに元来持ち合わせている天性の感覚が加わった。

彼の通っていた小学校は裏門を出ると坂道になっていた。
ある日、その坂道の先を見上げながら「ああ、僕は人の気持ちがわかるなぁ」と心底理解したそうだ。

18歳の頃から彼は、ビジネスに没頭して資産を増やすステージをこなしている。今までもコンスタントに資産を積み上げていたが、ここ半年で確実にゾーンに入った。そして、今のステージをこなしつつ次のステージを意識するようになって、最近自らの感性が幼い頃のような鋭さを増してきているのだという。

彼の場合「言葉を話せない」という過去の体験が強烈な「点」となって繋がっている。

一見その時はまったく関係がないように思える点と点も、あとから想像しないような展開で繋がり合うというようなことをスティーブ・ジョブスが言っていたが、私の四つん這いブームも何かと繋がり合うのか...神のみぞ知る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?