「コンセプト」と「時代読み」に明け暮れているアイドルシーンに異色を放ちすぎてお前ら宇宙人だろ、と宇宙人が言いたくなるほどぶっ飛んだアイドルバンド「なんちゃらアイドルバンド」に生命の問いを感じた話

2021年3月20日、大阪のライブハウスでライブを見てきた。

きっかけはTwitterで知り合った持ち運びドラマーの林君(@KickSnareHat884)が「なんちゃらアイドルバンド@nantyaraidol」というバンドに在籍していて、大阪でライブやるのでよかったら見に来て下さい、とお誘いを受けたことに始まる。

「ライブハウスかぁ~久しぶりにいいなぁ!」。

気分を良くした私は、その日一部上場企業の社長に名前を叫ばれながら全力ダッシュで追いかけ回された出来事などあっさり忘れ、ライブハウスに足を運ぶことにした。

それにしてもバンドの名前に「アイドル」とある。これはなんだ??そもそも「なんちゃら」って何??ほんとはややこしくて名前の覚えにくい名前があり、それを要約して「なんちゃら」としているのかちゃんちゃらわからない。

そうか、林君は民族衣装のようなものを身にまとっているようだが、実はアイドルなのか。

ものの辞書では「アイドル」とは以下の意味だそうだ。

[アイドル(idol)とは、通俗的には、人々の憧れの対象となっている人物のことである。]

なるほど、それにしてもそれにしてもだ。林君がTwitter上で彼女との幸せな日々を写真付きで紹介しているのは秋元康的に言えば実にけしからんのではないか。

いやこれは私の個人的な嫉妬によるものかもしれないが。

そもそも私は宇宙人なので、アイドルとは縁もゆかりもない生活をしている(一度ノリで何の興味もないAKB48の握手会に行き、あっさり川栄李奈推しになって帰ってきたぐらいのもんだ(後日まったく同じパターンで白石麻衣推しにもなっているが))。

しかも当日出演バンドのリストを見てだんだん不安になってきた…。

いや以下の出演バンドのリストを見れば不安にならない方がおかしいと思う。

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中出しの次にアイドル…

ひと言で言えばとても「ロック」である。

このコンプライアンス万歳な窮屈な時代に「ロック」ほど便利な言葉はないのかもしれない。

ロックと言えば殺人と強姦以外なら全部許されるような気がする。

ごめんジョンレノン。

さてライブ当日、その日はあいにくの雨だった。

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ライブ会場に入るエレベーターでは偶然にも丸坊主のガタイのいい酔っ払い3人組との同乗を余儀なくされて「連れ去られた宇宙人」状態になり、

受付の女性に名前を聞かれれば小さな声で

「名前ですか…えー、たぶん宇宙人かな…いやプロ宇宙人かも…」

と育ちの良さ丸出しの対応をしたのに

「宇宙人様ですね!!お待ちしてました!!」

と大きな声で対応されてしまい、赤面と顔の引きつりをコロナ禍でのマスク着用義務に助けられる始末。

さらにその光景を見た缶ビール片手の知らない金髪の女の子に

「全っ然宇宙人じゃないじゃん!」

と低音ハスキーボイスでつっこまれたりもした。

古今東西、時代を超えてライブハウス周辺には魑魅魍魎が跋扈するのだ。

受付を終えると、一番奥でバーボン(のようなもの)を飲む運営者と思われる人物に、今日もモロに民族衣装な林君を紹介してもらい挨拶を交わした。

宇宙人「さっきエレベーターでガタイのいい丸坊主の人に絡まれましてね…」

林君「ああ、あの人うちのベースですよ!(@uerin02142)」

宇宙人「ええっ!!(インディー団体のプロレスラーじゃないのか…)」

宇宙人「それで受付の横であの金髪の子に宇宙人じゃないって言われましたよ…」

林君「ああ、あの子がうちのボーカルです!(@samami27)」

宇宙人「ええっ!!(いきなり酒飲んどるやんけ!)」

やはり古今東西、時代を超えてライブハウス周辺には魑魅魍魎が跋扈するのだ。

さて肝心のステージではさすがとしか言いようのないパフォーマンスであった。

いやこれでステージがグダグダならただの酔っ払い集団である。

一曲目のメロディアスなカバー曲。

ギター(唯一バンドマンっぽい風貌の男@MichelGreenwood)の一瞬で世界観に引き込まれるアルペジオ奏法からバンド全員のアカペラ大合唱ではオフステージからオンステージへのグラデーションが見事に表現され、まるで夏の終わりに吹く風のような切ない名残を響かせ、

そこにベースが息を吹き込みドラムがカウントすれば瞬く間にキラキラしたアイドルロックバンドのステージに変貌する。

これは引き込まれる。なによりバンド全員が楽しそうだ。皆いい顔をしている。

小さな体で歌声が伸びまくる不思議なアイドル。

なんてかわいい…

いや、なんて素晴らしいロックバンドであろうか。

2曲目には癖になりそうなギターのカッティングに合わせて洗脳装置のような歌詞が耳に入ってくる

「SMAPのシングル詩がスガシカオ♪SMAPのシングル詩がスガシカオ♪」

星を散らすようなアイドルのキーボードの演奏もすばらしい。

この曲はリズムマシンでカッティングの練習をしている時に生まれた曲に違いない、などとマニアックな予想をしなら、歌詞の意味のなさがとても意味的に感じた。

是非ともアコースティックバージョンでも聴いてみたい曲である(MTVアンプラグド的な)。

それにしてもステージ上で缶ビール飲む姿が良く似合うメンバーたち。

MCでは、実は神奈川県民であるとカミングアウトした林君も

持ち運びドラムをまるで言語表現のように操っている。

人間の心臓の中で鼓動を叩いているような迫力である。

3曲目では

「新曲と言っても過言ではない曲」

と謎な紹介をされた「平穏世代のホーリーキャッツ」。

※調べたらアマゾンで販売されていた。

なるほど、かわいい。うん、かなりかわいいかもしれない。

いや違う…

ドラムを見ろ宇宙人。しっかりしろ宇宙人。

以降、熱狂と興奮が冷めることなく、最後まで大阪のステージを駆け抜けた「なんちゃらアイドルバンド」。

一人一人のキャラと個性が素晴らしくロックバンド的であり、

既存の枠に捕らわれない=なんちゃら(言語化不能)

という解釈でおおむねOKと理解した次第である。

ライブ後に林君に「めちゃ楽しそうに演奏してましたね」と感想を伝えたら

「これが好きなことをやっている人間の顔です!」

という宇宙の真理のような答えが返ってきた。

表現の根本は「渇き」であり「欲望」であり「宇宙」であると思っている。

承認欲求などと生ぬるいものではない。

表現をしたいという欲求は本来病的であり、どうしようもない生への渇きによってもたらされる。

であるからこそ、生身の表現者は我々の心を捉えて離さないのだ。

何を演奏するか、どのように演奏をするか、よりも何故演奏をするのかという根本的な問いである。

そしてその何故な気分が不思議と共感を生むのがこの世の七不思議でもある。

聞くと聴くの間を自由に行き来する音楽は意識と無意識の狭間で狂ったように生への問いかけを与えてくれる。

「答え」ではなく「問い」であることに宗教と音楽の違いがある。

人の一生は短い。楽しい時間であれば尚の事だろう。

やはりバンドはいい。ロックは宇宙だ。そして宇宙は音楽で出来ている。

これが私が「なんちゃらアイドルバンド」のステージを見て率直に心に刺さった景色だ。

これからも私は「好きなことをやっている人間の顔」を出来うる限り見届けたいと思っている。

特にかわいいアイドルの…

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