Juice=Juiceの「風林火山」〜武道館で川嶋美楓に見せた「三顧の礼」〜
そんなわけで、5月29日に行われたJuice=Juice10周年武道館公演を観に行ってきた。
前回に引き続き素晴らしい公演だったが、今回は公演内容について細かくは論じない。自分が抱いた感想としては、2月の武道館公演で見せたグループとしてのステップアップに加え、さらに着実な積み上げをしているな、というものだったからだ。植村あかりの「存在としての凄み」、段原瑠々の変幻自在ぶりと井上玲音の力強さ、工藤由愛と松永里愛のスキル面の洗練、有澤一華の飛び道具としての先鋭化、などなど。つまり以前から論じているJuice=Juiceの魅力がさらに深化したと感じたわけで、本質的な部分で春先に書いた記事(下掲)に付け加えることは特にない、と思ったのである。あえて付言するなら、江端妃咲のパフォーマンスが随分安定してきたなということと、石山咲良の硬さがほぐれて彼女の長所である「抜けの良さ」が目立ってきたことか。ただこの両者は目下進化の真っ最中なので、より両者の魅力が顕在化した時に改めて論じた方がいいと考えている。
だが、今のJuice=Juiceはあまりにも「いぶし銀」というか、その進化のあり方があまりにも堅固で着実であるがゆえに、今のハロプロ内ではあまり目立たない存在になってしまっている(その好対照がつばきファクトリーで、彼女たちは良くも悪くもジェットコースターのようなグループ史を辿っている)。あるいはアンジュルムのような形での、オフステージでの対外進出ということを考えても、近いうちに井上玲音が上國料萌衣のようなポップアイコンとして人口に膾炙したり、工藤由愛が川村文乃のようにタコに鉈を振るう形で一点突破を果たすといったことも考えにくい。今のJuice=Juiceが尻上がりに素晴らしいグループになっていくことだけは確実に分かるのだが、プロモーション戦略という意味での妙手はなかなか浮かばない状況が続いてきたと言えるだろう。
ただし、ロッキンのような対外的なオンステージで、ということであれば、今のJuice=Juiceはアンジュルムよりも新規の目に止まる可能性があると思う。今回の武道館で見せた有澤一華のバイオリンと井上玲音のボイパの掛け合いは、その一つのヒントになるだろう。あるいは「Choice&Chance」ラストでの工藤由愛の「後悔がしたい!」という鬼気迫るシャウトであるとか、「Never Never Surrender」ラストでの有澤のフェイクといったものもそれに当たる。無論、ステージの方に観客の目が既に向いている状態であれば、アンジュルムはJuice=Juiceに引けを取らないだろう。だが、外部フェスでは視覚よりも聴覚がモノを言うところがある。何か得体の知れないものが聞こえてきて、道ゆく人が足を止める契機が必要なのである。実はアンジュルムはこの部分が弱く、以前からJuice=Juiceには一日の長はあったが、以前のJuice=Juiceは綺麗すぎてインパクトに欠けるところがあった(ああいった場所で聴覚的インパクトを最大限に発揮できたグループはこぶしファクトリーだっただろうと自分は思う)。その意味で「こぶし」化が進みつつある今のJuice=Juiceにとって、今夏のロッキンは絶好の好機なのだ。
そんなわけでJuice=Juiceの対外進出戦略は、「この調子でさらに地力の厚みを増し、あくまでオンステージで勝負する」というのが基本線となり、それ以外に何か外連味のあるブレイクスルー戦術は考えにくい。そしてこうした場合、何らかの「奇策」はハロ内に向けた方がいいだろう。フェス会場で新規が足をとめた時、あらかじめステージの前にいる客が多いに越したことはないからだ。「親軍」は多ければ多いほど良い。その意味で今回の武道館公演終了と同時に公開された「プライド・ブライト」は、対ハロ内戦略の「第一の矢」であると自分は理解した。ビッグイベントにあわせた公開タイミングであるとか、「アドレナリン・ダメ」以来の「回るMVサムネ」の法則に則った植村あかりのサムネといった戦術的な部分はもちろんのこと、これは今のアンジュルムが連れてきているような(おそらくは女性メインの)新規ヲタに訴求しうると感じたのである。今回のJuice=Juiceの新曲は前回から少し間が空いてしまったが、それはこの曲の持つ(その意味では「アンジュルム的」な)強度に耐えられるまでメンバー(特に若手)の成長を待っていたのではないか、ということも考えてしまう。
一方、新規ヲタへのアピールと並んで、ハロ内基盤固め戦略には「古参」対策というものがある。たとえば今のアンジュルムの成功は、特に三色団子加入以来、古参の支持を固めてきたというのが大きい。そのおかげで今のアンジュルムの現場に行くと、やけに「チャラい」人から「濃い」ヲタクまで人種的な多様性が非常に大きい。ひるがえって今のJuice=Juiceの現場は「チャラさ」も「濃さ」もほどほどで、ある意味とても落ち着いた雰囲気になっている。おそらくはオリメンの相次ぐ卒業で「古参」が去った後、まだ新規も十分に獲得しきれていないという状況なのかもしれない。今のJuice=Juice現場は、雰囲気としては和田体制後期のアンジュルムに近いというのが自分の体感である(そして自分としてはそうした現場の方が居心地が良い)。逆に竹内体制期のアンジュルムは、古参と新規の両サイドに一気にウイングを広げた結果、最近では両者の間にちょっとした火花のようなものを散っているというのは最近の記事でも触れたとおりだ。ただし、古参と新規というものも言うほどトレードオフの関係にあるわけではなく、むしろ相互作用的というか、予め人のいるところに新規は集まり、人が集まれば離れたはずの古参がまた戻ってきたりもするものであり、なかなか難しいものだとは思う。
などなど、このあたりの話はいずれ稿を改めて論じたいものだが、話を戻せば「プラブラ」という「第一の矢」が、「新規」色の強いヲタクをターゲットにするものだったとすれば、より「古参」色の強いヲタクをターゲットとする「第二の矢」もまた、武道館公演において放たれることになった。
すなわち、川嶋美楓のお披露目である。
ちなみに自分は研修生事情に通じているわけではないので、川嶋美楓が①どういう人でどのくらいの実力の持ち主で、②どのような層にどのくらいの人気があるのか、ということは全く知らぬままここまで来た。そして特に①については、それでよいと思っているところがある。近年ではアンジュルムでもJuice=Juiceでも、グループ加入後になって研修生時代までに表に出していたものとは全く異なる魅力を発揮していくメンバーばかりだからだ。だが、今回重要なのはむしろ②の方である。そしてその点については、彼女の加入発表への反応を見て、色々と有益な知見を得ることができた。
今回、川嶋美楓の加入先がJuice=Juiceであったこと、その報に触れても彼女が(少なくとも傍目には)冷静な態度を崩さなかったことから、そして彼女が田中れいなのファンであるということから、ネット上に「彼女が本当に入りたかったのはモーニング娘。だった」という声が少なからず上がったのである。無論、この意見は愚にもつかないものである。それならば何故彼女は入江里咲とともにJuice=Juiceとつばきファクトリーの合同オーディションを受けていたのか、という話にもなるし、そもそも他人の内面を勝手に僭称して公の場所で語るという時点で、人としての根幹が歪んでいることは明らかであろう。ただ、自分が「有益な知見」と感じたのは、その愚かさそのものというよりは、愚かさの「種類」の部分である。つまり、愚かさにも新規のものと古参のものがあれば、これは「古参の愚かさ」であると感じたのだ。そして新規であれ古参であれ、愚かな者とそうでない者がいる。こうした意見がこれだけ出るということは、彼女は「古参」方面への訴求力があるということなのだから、彼女の加入は「古参」の中でより質の良い層をJuice=Juiceに引き寄せる契機になるのではないか、と自分は感じたのである。
ちなみに我が主君である松永里愛は、川嶋美楓の加入後、以下のようなブログを書いている。
実はJuice=Juiceのメンバーはアンジュルムのメンバーと同じくらいブログできっちり物を申すことが多いのだが、松永里愛は特にその傾向が強い。自分は主君のこの言葉を、ひょっとしたらネット上の「川嶋美楓が本当に入りたかったのはモーニング娘。」という声に対する宣戦布告なのかもしれないな、と受け取った。だとすれば、武道館で主君が、Juice=Juiceが、川嶋美楓をどのような形で迎え入れるのかは、一世一代の見ものになるはずだー自分はそんな期待を胸に抱きながら、武道館へと向かったのである。
そして、結論から言えば百点満点の歓迎セレモニーだったと思う。
まず第一に、彼女に与えられたメンバーカラーが「ピュアレッド」だったことだ。言うまでもなく前リーダー金澤朋子を想起させる色である。金澤の在籍時はJuice=Juiceのヲタクではなかった自分が、「川嶋美楓は彼女の継承者である」などと言うつもりは毛頭ないが、こういうイメージ戦略は確実に無意識レベルで効いてくるものである。川嶋自身は自分にかけられた期待の大きさを無意識レベルに刻み込むことになるだろうし、その覚悟を胸に赤い色を纏う彼女の姿は、古参の胸を打つものになるだろう。そして何よりも、全体的に淡色系統の多かった(ひょっとしたらそれゆえに「いぶし銀」的印象を無意識に与えていたかもしれない)Juice=Juiceの色相スペクトルに、強烈な濃色が加わったのである。
第二には、彼女のメンバーカラーが発表された時、客席のヲタクがペンライトで真っ赤に染めたことである。しかし、よくよく考えるとこれは少し妙な話である。金澤朋子の卒業後、Juice=Juiceの市販ペンライトには赤系統の色は存在しないからだ。つまりあそこで赤系統の色がすぐに出るということは、彼女のメンバーカラーが何色になっても大丈夫なようにヲタクが万全の準備を備えてきたということ、彼女を歓迎する態勢が万全であることを示しているのである。そして真っ赤な客席は、他のJuice=Juiceメンバーの無意識にもポジティヴなメッセージを与えるものであろう。すなわちそれはかつてのJuice=Juiceの「赤」を知る古参ヲタたちが今も客席で見守っていること、あるいは客席の新規ヲタたちが自分たちの歴史にリスペクトを払っていることを象徴するからだ。
第三には、松永里愛が「客席の歓声が聞こえるように」と、川嶋美楓のイヤモニを外してあげたことである。これはいかにも我が主君らしいファインプレーである。このアドリブ的なワンアクションは「彼女の歓迎式が決してただの儀礼ではない、真心に基づいたものである」というメッセージを彼女に与えるものである。そして松永以上にこうした機微に長けているのが植村あかりであることを考えると、最後のカーテンコールの時に植村が舞台袖の川嶋を再び会場に迎え入れたのも、元々台本にはなかったのではないか、ということも思ってしまうのである。
そんなわけで、上記のような「三顧の礼」を川嶋美楓に対して尽くすことで、Juice=Juiceとそのヲタクたちは、川嶋をして加入発表動画では見ることの出来なかった涙を流させしめることに成功した。我が主君の「宣戦布告」からの、まずは一勝、というところであろう。もっともこの先は今のJuice=Juiceらしく、静かなること林の如し、動かざること山の如しでじっくりと牙を研げばよいと思う。だが、「プラブラ」の再生回数が風の如き疾さで伸びていること、川嶋を迎える武道館の光景が火の如き赤さであったことは、常に忘れてはならないのである。
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