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魂を遷す〜モノになる

このところ、ヌーソロジーのことを考えたり、原初舞踏の一人稽古をしてみたりしていますが、結局のところ、何をしているかというと、踊りでヘキサチューブルの中に侵入するということなのだと思います。

ヘキサチューブルについてはこちらの動画を見ると少しイメージがつくかと思います。ぜひ見てみてください。要は高次元の空間構造を模式的に示したものということになります。

ヘキサチューブル談義(ヌーソロジーの思考装置のトリセツ)↓

三次元時空での位置、四次元時空における位置、さらには四次元空間における位置は、それぞれ次元が違います。

肉体としての自分は三次元時空にいると思っていますが、意識は四次元時空にいます。そして、魂自体は今ここ、時間のない空間ですから、四次元空間ということになります。

肉体の位置が垂子、意識の位置が無限遠点を発見した時が垂質、そしてそこからさらに収縮してモノの中に入るという言い方をします。これはヌーソロジー的には球精神ですね。

地球精神と言ってもいいのかもしれませんが、これがいわゆるモノの中に入るということであり、そこはエデンの園であり、エーテル空間であり、素粒子の中という言い方もできるかと思います。

このプロセスを進んでいくことが、いわゆるアセンション(次元上昇)ということの本来的な意味なのだと思います。変化は外から来るわけではなく、自分で意識的に開いていくという言い方ができるかもしれませんね。

そこを現場として体験するということ。それが原初舞踏のチャレンジしているところと言えるかもしれません。

そして、僕自身、結局、そこにすごい可能性を感じてるんですよね。そこに入るために何が必要なのか、何が鍵となるのか、原初舞踏はまさに身体ひとつで掘り進めていくための方法論を持っていると感じます。

ただし、誰でもいきなりは入れないようです。ある程度の感性が必要と言えるかもしれません。

やはり頭でっかちなタイプの人にはすぐには難しいようにも思います。一度、どん底を経験したような人とか、頭が壊れるような経験をした人とか、右脳的な要素の強い人とか、一瞥経験的なことをしたことがある人などは、比較的入りやすいかもしれないですね。

しかし、これは感性を持って外面領域に侵入するというアプローチだから、自分で体験して確かめていくしかないんだと思います。

そこであったことを描写したり、説明することはむずかしいですからね。映像を撮って見せるわけにもいきませんし、自分で体験して自分の目で見て確かめるしかないのだと思います。

しかし体験したことは揺るぎませんから、まさに百聞は一見に如かずということが言えるでしょう。

意識がそちらの方向に向いてくる人は、これから増えてくるだろうと思います。そういう意味でも、そのうち、みんな踊り始めるかもしれませんね。

というわけで、僕も一人で踊ってみています。何度も何度も、いろんなスタンスで繰り返して動いてみることで、時におもしろい感覚になることがあります。

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