彼はもう名残惜しくない。


久しぶりにあの人に再会した。
あの頃の私たちを思い返すとなんだか愛しく思う。

彼は無口だ。いつも何を考えているか分からない。女の子からモテていた。色白で身体も細くて、いつもいい匂いがした。よく2人で笑った。今思えば、結構仲が良かったのかもしれないな。と思った。私と彼は習字教室に通っていて、よく向かい合わせに座った。でも、炭の匂いに包まれた教室の空間はいつもとっても静かだから喋る機会も少なかった。家も近かった。

私が彼のことを意識しだした頃、友だちと黒板の前に座って恋バナをした。「私、○○のこと好きやねん。でもももちゃんも○○のこと好きなんやんな?」ってそういうふうに友だちに言われたんやった。まぁそりゃかっこいいからモテるよねって思ってた。

彼と話すときにはいつだって緊張してドキドキした。彼が着けていた赤い手袋。吸汗ポロシャツに紺色の半ズボン。丈は膝までだった。それから、たまにちらっと見える擦りむき傷。血が出てたときもあった。歌は音痴だけど誰よりも声出してた。なんか好きやった。ある日から彼との手紙の交換が始まった。

手のひらよりも小さい、キャラクターが書いてあるメモ用紙に好きですみたいなことを書いて、友達に渡してもらった。それから、手紙で返事を書いてくれた。彼も私のこと好きって伝えてくれた。ほとんど毎日のペースで手紙だけでやり取りをした。毎回の手紙の内容は、私が質問する感じやった。好きな食べ物、好きな色、好きなご飯、アニメのワンピースの中でどのキャラクターが好きか、とか、逆に苦手なものとか聞きたいことをたくさん書く。お昼休みとか教室に誰もいないときに、彼の机にかかってある布地の手提げ袋かお道具箱に手紙をこっそりといれて、彼がまたそれを読んで、紙に返事を書くっていうのを繰り返していた。それから、友達を通じて私の手元にやってくる。それから、ワンピースでゾロが好きだって言っていたから、プラバンでゾロの絵を描いてストラップを作ったりだとか、学校でちょっと話したりとか目が合ったらお互いにドキドキし合ったりとかしてた。でも、ずっと続けてたらやっぱり自分の感情が分からなくなってしまった。

恋愛・交際というものを小学生の終わりに初めて体験してみて私が今思うことは、お互いに深く理解しようと思わなくちゃ上手くいかない気がした。

感動するものを共有したり、いいもの悪いものを一緒に経験する上で生まれる幸福感や不安、言葉にならない感情は1人だけで味わうことになる。だけど、それをはんぶんこしたいと思い合える愛おしさの中の関係。言葉にして伝えることでやっとお互いの奥を覗けること。
中学生になる前の私たちには何をするにも恥ずかしいという感情があった。嫌いなものがなかったように思う。だからか「なんとなくみんながそうしているから私もそうしている。」という群類にいた。だからか、続けるうちにやっぱり飽きてしまった。

私はそれから自我を持ちはじめるようになった。
もう手紙交換するのは最後にしようって書いた紙を渡した。涙を流した記憶がある。
そしたら、向こうもありがとうって書いてくれた手紙が家のポストに入っていたんだった。


20歳を過ぎた今、偶然彼の家を通りかかると入居者募集中になってた。でも久しぶりに別の場所でその人と再会した。もう会えないと思ってたからびっくりした。私はもう最後かもしれないなと思って話しかけた。

お引越ししたんやねって、(わざわざあなたにこうやって伝えるくらい、小6のころから今まで、それほど大きな存在だったんだよ)ってふんわりと伝えた。身長すごくおっきくて男らしくってずっと優しい顔で私の顔見つめて聞いてくれてた。小学生のころ手紙でしか会話できなかったわたしが、成人になった今、直接お互いの目を見てお話をすることができている。それはすごく嬉しいことだった。向こうはどう思ってるとかそういうのはもうどうだっていい。それよりも私を形成する記憶、彼を形成する記憶にお互いが登場し和えたことに感動はせずとも、お終いにできたんじゃないかなって思った。来世でも会えたらいいなって思える存在だった。私たちふたりの記憶は今でもホットミルクの湯気みたいにあたたかい。

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