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あるアイドルの終わり

ご贔屓の退団や、推してるアイドルの卒業を見送るファンってこんな気持ちなの?
あんなに舞台の上で輝く人をなぜ見送らなければいけないのだろう。

自担こと東山紀之が、年内をもって芸能界を引退する。12月26日に幕を下ろしたディナーショーが、彼の44年の芸能生活最後のステージ。
幸いにもわたしはそのうち2公演に参加することができた。
真っ白な燕尾服で登場し、少年隊の全盛期に歌っていた曲を、当時に近い振付で踊りながら歌う。おそらく衣装替えしているであろう時間には、これまでの軌跡を振り返ったムービーも流れて。まるで壮大なサヨナラショーを見せられている気持ちにもなった。

苦しい。すごく苦しい。「どうして?」と毎日問うては答えを探してまた苦しむ。永遠に答えの出ない問い。
これは不本意だ。でも彼自身が決めたことだから。
これでお別れだ。でもきっといつかまた帰ってくる。
何か考えてはすぐに思い直すことの繰り返し。
私はどうしてもあのアイドルを諦めることができないらしい。

アイドルの、いや誰かのファンをやっている以上、いつか必ずお別れは来る。でも彼の場合は、人生最後の日までずっとあの事務所のアイドルなんだと信じて疑わなかった。なのに、彼の人生最後の日よりも先に事務所が名と形を変え、彼はあろうことか被害者補償にあたる会社の社長に就任した。「90歳まで現役でいたい 」今年、諸問題が明るみに出る前にそう語っていた彼の芸能生活はきっと道半ばだ。

川崎のやんちゃ坊主が、いくつかの運命的な出会いと形容しがたい努力を経てトップアイドルに登り詰めた過程を、生まれるのが30年遅かったわたしは知らない。どちらかといえばここ数年、彼のキャリアの綺麗な上澄みだけを消費してしまった気がする。なかなかデビューできなかった時代、後輩が世間を席巻した時代、アイドルのまま30代を迎えることが前例のなかった時代、色恋沙汰の多かった時代…それらをわたしは知らずして、50代の輝く彼だけを享受している。
アイドルを推すことはその人ひとりの人生をコンテンツのように消費すること、そう気づいてからは罪悪感もある。それでも勝手なことに結局最後までわたしはファンだった。そしてきっとこれからも。

元々アイドルオタクの気はあったけれど、こんなにもひとりの芸能人、男性アイドルにうつつを抜かす自分がいるとは思わなかった。特に彼を追いかけた2023年の秋冬、わたしはきっと忘れない。もう20代半ばだけど、2回目の青春。周回遅れの青春。それにわたしが上京した理由の10%くらいは、彼だったと思う。これからは沢山会いにいけるかも、と思っていたから。

「やるべきことをしっかりとやる」今後について彼はディナーショーでそう語った。やることの形は大きく変わるけれど、目の前の仕事に真摯に向き合う姿勢は変わることがないのだと思う。アイドルとか歌手とか俳優とか、そういう肩書きが全部取れて「代表取締役社長」になるのはすごく不思議だけど、彼の本質はきっと変わらない。

表向きに演じる「東山紀之」から離れられる時間が増えればいいなと願っている。仕事は仕事。オフの時まで完璧な聖人君子でいてほしいとは思わない。
そして、素敵な奥さんと大切な娘さんたちと、穏やかな時間があってほしいと思う。世間が何を言っても、そこは侵されることがないようにとただ願う。

アイドルの側面しか知らない一介のファンがこんな事をいうのも図々しいが、ひとりの人間としてどうか健康に幸せに生きてほしい。今はただそれだけ。
今後表舞台に戻る戻らないは、本人次第。

「東山紀之」という、幕引きまで美しい作品の観客になれて幸せでした。

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