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単発小説『贖罪コンビニエンス』

この小説は文学サークル”お茶代”4月課題④ジユー課題『センスのたべもの』の提出作品です。有料記事とありますが、最後まで無料でお読みいただけます。


贖罪コンビニエンス

 くたびれた眼差しをあげたその先に光っているのは、駅と家の間の道すがらにあるコンビニだった。もうすぐ十二時をまわる路上に人通りは少ないが、出入り口の脇には光に吸い寄せられているかのように二、三人、十九歳くらいの子達が何か食べたり飲んだり煙草を吸ったりしながら地べたに座り込んでいて、それはなんだか肩を寄せ合っているように見えた。そしてその光景を、五十歳くらいの会社員っぽい服装の男の人が少し離れた喫煙所でアイコスを咥えながら、顔をしかめるようにして眺めていた。
 わたしはそれらをただ右から左から流し見て、まっすぐ店内に吸い込まれる。ぱっと、青白くまばゆいLED照明に包まれたそこは、夜の中を夜から切り離されて漂っている。
 カゴをとってひとまずお菓子コーナーをなんとなく見て、ドリンク類が整列して詰まった硝子扉にたどり着く。硝子にぼんやり、今日の服が映る。
 誘われた夕食のロゼのラム肉からナイフでじょうずに肉を剥離させたときに見える腱や脂の膜が綺麗なのでそれを眺めていたら、
「お行儀がいいね。育ちがいいのかな?」
 とか、そんなこと言われたことを思い出して、ラムネ味のグミとゼロコーラをカゴに放り込んだ。そのままスイーツコーナーの冷蔵棚に向かう。
 行儀がいい、と、確かに言われる。おばあちゃんから、学校の先生から、会社の人から、女の人たちから男の人たちから。
 箸の持ち方が綺麗、箸の向け方が綺麗、食べる順番がきちんとしてる、お椀を持つ指が揃っている、そんなふうに褒められる。褒められるので、そのままにしてある。
 別に、なんとか流みたいな行儀作法を習ったわけではない。ただなんとなく、子供の頃ばってんに箸を持ったのを母がみっともないと言って直され、おかずを順ぐりに食べれば祖母に褒められたので、それからもなんとなく「いい」とされているものを倣っていたらこうなった。
「きっと育ちがいいんだね」
 誰が言ったか。
 澱のようなものが、か細く幾重にもからんでいるような、気がする。それは雨上がりの蜘蛛の巣のように光るから、こうして息をいだり動いたりするたびにその存在を意識する。すれど、ただそれがあると知るだけなので、それ以上は知らない。
 星型の口金から絞り出したホイップクリームがのっている小さなパフェのようなもの。チーズケーキとプリンが合わさったようなカップデザート。SNSで話題の猫キャラがパッケージに印刷されたマカロン。有名スイーツブランドとのコラボエクレア。クリーム大福、蜜柑ゼリー、ロールケーキ、どら焼き、シュークリーム……。
 さして大きくもない棚にはきらきらしいほどお菓子が詰め込まれていて、眺めていたらなんとなく泣きたくなってきたので、小さいパフェとプリンとシュークリームとロールケーキをカゴに入れた。
 これなら大丈夫。
 コンビニスイーツなんてろくな脂使ってないっていうし、味にうるさい人は、プラスチックを食べてるみたいと思うらしい。
 でも、綺麗にデコレーションされたプラスチック食べてるなんて最高じゃない?あまりにも人工物の結晶すぎて逆に、二十一世紀の人類だなって思う。
 桜色の夜風に嬲られながら帰宅して、暗い部屋の電気のスイッチを入れて初めて、ビニール袋の重さに気づく。コンビニで一瞬でもうきうきしていたものが、マンションの一室では停滞する。
 とりあえず買ってきたものをテーブルに並べて、消費期限の短いものがいくつもあるしいっぺんにこんなに食べられない。コンビニのあの、煌々とした青白い照明の中では確かに、ホイップクリームもプリンのカップもシュークリームの膨らみも、子供の頃つけていたビーズのブレスレットくらい素敵だった。
 そもそもわたし、最後に家で何か食べたのいつだよ。
 順番に、蓋を開けて、袋を破く。
 コーラを飲みながら煙草を吸う。煙だかゲップだか混ざった息を吐いて。
「どうすんだよ、これ」
 途方に暮れて嗤った。
 膝を立てて座った椅子から腕を伸ばしてわたしは、人差し指をずぶりと、ホイップクリームに突っ込んだ。それは冷たくて甘くて、ショートニングだかファットスプレッドだか、確かに舌の上に膜を形作るような。
「プラスチックの味がする」

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