幸せの記憶③

 母は長く専業主婦だったが、私が大きくなった頃には小遣い稼ぎのためにパートに出るようになった。ジムにも通っていた。あまり家にいることが好きじゃなかったんだろう。まぁ夕方には帰ってくるので「寂しい思いをした」という話にはならない。
 とはいえ、学校から帰ったときに家に母がいる日は嬉しかった。母は大体、寝室でごろごろと、図書館で借りてきた本を読んでいた。実家の寝室は風通しがよく、程よく田舎である我が家の窓からは夏の空が広く見えたものだった。その寝室には私が赤ちゃんのときに買われたスヌーピーの子供箪笥があって、ほぼ使われていなかったけど、靴下のストックを入れておく引き出しがあった。当時女子高生はみんなイーストボーイの紺のハイソックスを履いていた。その引き出しにも、水色やピンクのイーストボーイのワンポイントのついた靴下が、いつもストックされていた。あと湾岸ミッドナイトと頭文字Dと悪女全巻があった。
 母のベッドの隣にある、父のベッドに転がって、私は母に好きな男子がいかにかっこいいかについて喋ったり、その日友達とした話をしたりする。そんなことを日々していたということは、母は話の腰を折ったり、私に意見したりしなかったんだろう。
 気づいたら暗くなっていて、「今日ごはんとサバ缶と卵焼きだけでいい?お父さん帰り遅いから」とか言われて、むしろそういうごはんのほうが私は好きで、別に手伝うわけでもなく、私は買ってきたセブンティーンをリビングで読んだりしてごはんができるのを待つ。テレビからローカルニュースが流れている。幸せな記憶だ。

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