アイドルになんてならないでほしかった
私にはずっと、アイドルにならないでほしい人がいた。
いわゆる「推し」(推しなんて2文字で表してたまるもんか!と本当は思うけど)がいて、その人と出逢った時、彼は「アイドル」という肩書きは持っていなかった。
一言で言い表すのが難しいけれど、彼は俗に言う「配信者」で、歌ってみたを投稿したり、ライブでは素顔を露わにして歌ったり踊ったりもする。傍から見れば彼はもう立派なアイドルで、むしろ彼のきらきらと輝くステージ上の姿をアイドルと呼んであげることは特大の褒め言葉になりうるのかもしれないけど、それでも私は、彼のことをアイドルと呼びたくなかった。
いつものように配信で、同じ時間、咄嗟に口から出た言葉たちでずっと彼の「本当」を感じていたかった。ありのままの君でいて、誰の偶像にもならないでほしかった。
アイドルは表現者であって、音楽やMV、ライブといった作品を創り出し続けるクリエイターでありながら、何よりもその人"自身"が作品であるのだからすごい。
だからアイドルは偶像で、もしかしたら虚像でもあるのかな。嘘はとびきりの愛らしいけど、命をかけて「大好きな人」を創り上げてくれている人に「ありのままでいて」なんて言うのは、ひょっとしてすごく残酷なのかもしれない。そんな気がしていたから、私は自分の大好きな人に、アイドルになってほしくなかった。アイドルになんてならなくていいよって言いたかった。ただあなたはあなたのままで、笑っていてほしかった。
じゃあありのままってなんだろうと思う。
私がなりたい私になりたくて誰かの前で笑ってみせるのと、アイドルがステージの上で誰かの神様みたいに微笑んでいることの何が違うんだろう。
誰か(あるいは自分)の偶像であり続けるために輝き続けるアイドルを嘘つきなんて呼ぶなら、わたしだってよっぽど嘘つきで、きっとこの世界のどこでだって、誰だってそう。
それでも、君は君のままでいてほしくて、誰かの理想とか期待とかに塗れて、嘘つきって、裏切られたって言葉を投げつけられて、それでも優しく笑う君なんか見たくなくて。或いは、どんな君でも君だと笑って許してあげるわたしがここに居るのだと、知ってほしかったのかもしれない。
私はアイドルのステージが好き。
どんなアイドルだって、目の前で命が燃やされて煌めいて塵になっていく、そのきらめきには絶対に嘘がつけないから。
僕と、君と、信じられる絶対はひとつずつ分け合った心臓だけで、ステージの上、鳴らす鼓動に、わたしは永遠すら信じられる気がする。何よりも大きくて絶対的な嘘でも、そんな永遠だけ信じていたい、ずっと。