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雑感:いわゆる「民主主義の危機」

 昨日の事件について、判を押したように「民主主義の危機」というコメントが並ぶニュースをひととおりチェックし終えてみて、どうにも釈然としない。

 ひとつには、安倍氏の業績について触れた記事の多くで、ローカルニュースは別として、東日本大震災と原発事故について触れていないからだ。安倍氏率いる自民党が2012年の選挙で圧勝を収め、その後も、圧倒的な長期政権を築くことができた背景には、まちがいなく東本大震災と原発事故によって、日本社会が激しく動揺したことがある。当時の民主党政権の頼りなさと比して、安倍氏の率いる自民党がこの上なく頼もしい希望に満ちたものに見えた、という点を抜きにして、戦後最長となった長期政権が維持できた背景は考えられない。

 「風化」というと、自然な現象のように思われるかもしれないが、歴史は常に無意識を装ったなかば意図的な忘却によって形作られるものだ。

 12年前の東日本大震災と原発事故の復興については、多くの人びとの、とりわけ当時決定権のある位置にいた人たちの記憶も、完璧には薄れ切ってはいない時期だ。自分がどういう状態でなにを言っていたか、なにをしたかを覚えている人は多いだろう。そして、現在、その帰結があらわになってきている。そこに、ある種の「気まずさ」を感じる人は少なくないはずだ。政治的には、メンツを保つために「復興は成功した」としなくてはならない一方、そうした気まずさ、後ろめたさから目を逸らすために、無意識を装って、なかば選択的に見ないことにするという心理メカニズムが働いている、と感じている。たんに私が福島復興界隈にいるから違和感を感じるというのではないだろう。

 このことについては、末続の記録誌のなかにもかんたんに触れる文章を書いておいたけれど、この心理機序は、トラウマ的事象から回復する記憶のレジリエンスとも言えるし、錯誤とも、ごまかしともいえる。歴史生成は、またひとつの闘争の場である、としみじみ感じる。

 もうひとつの釈然としなさは、動機の(見かけ上・本人の認識上での)非社会性と、ことの社会的影響の大きさのアンバランスさと、それを「民主主義の危機」というあまりに大きな言葉で紋切り型に語るところの不可解さだ。

 事件が起きてすぐあとに、出かけたお店の店員さんとその話題になった。私よりは一回り以上は若い女性店員さんたちは、一様には驚きはしていたものの、そのコメントは公に流通するものとはまったく違っていた。おそらくは、政治的無関心層で、たんに長く総理大臣をしていたから安倍さんのことは知っている、という程度なのだろう。彼女は、関心なさそうに「そうとう恨みをかっていたんでしょうね」とだけ言った。ほんとうの無関心層の反応は、こういうものなんだな、と思いつつ、返答に困り「ああいう人ですからね、いろいろ思う人はいたんでしょうね」と返したけれど、もしかすると「ああいう人」という描写がなにを意味するのかも伝わっていなかったかもしれない(安倍氏がどういう論争を引き起こしてきたか自体関心がない)。わずかに怪訝な顔をしていた。会話はそのまま別の話題に移り、仕事が終わって家に帰ったらそのまま寝るだけの生活を長く続けてきたけれど、最近、ようやく少し余裕が出て、自宅でご飯を作ることができるようになったこと、キッチンでアマゾンプライムの動画をiPadに流しながら料理することが心の安らぎになっている、という話をした時だけ、表情が華やいだ。

 続報では、犯行は政治的動機ではなく、犯人が自分の家族を壊した宗教団体と安倍氏が親しいと思ったから狙った、と伝えられている。起こった事象だけ見れば、政治的テロリズムの様相を呈しているのに、動機にせよ、それを受け止める人びとの反応にせよ、どれもそれとは程遠い。そのことのアンバランスさが、メディアやSNSで語られる、政治的に望ましいとされる大きな言葉との乖離とあいまって、ますます釈然としない感を強める。そして、これが同時に、現在の日本社会のありようを象徴的に示しているのかもしれないとも感じる。

 本来は社会化されるべきことごとが、(もはやそれとも感じない)諦念によって、社会化されることもなく、政治化されることもなく、私的な領野の問題として吹き溜まり、それがしだいに膨れ上がり、あらぬ方向で暴発する。テロリズムの時代というのは、そういうものといえばそういうものなのかもしれないけれど、「民主主義の危機」というならば、不平不満を社会化する回路が失われ、暴発するレベルで吹き溜まっていることこそが根本だろう。

 私たちは、経験的に、もう選挙では社会化する回路が開けないことを知ってしまっている。誰が選ばれようとも変わることはない。誰を選ぼうとも、強固な組織と金と力を持つ人たちが、自分たちのために勝手にやるだけだ。こうした空気感を大きな言葉を語る人たちは気づいていないのだろうか、あるいは気づかないふりをしているだけなのだろうか。これも釈然としない理由のひとつかもしれない。


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