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高知からの帰り道

わたしは数時間前、確かに山の中にいた。井桁型に組まれた太い木に、中里さんが菌を打って育った大きな原木しいたけがニョキニョキと顔を出し、一つ二つともいだ。醤油と酒でシンプルに焼いて食べた。その食感も覚えているというのに。味わいも鮮やかに記憶されているというのに。灰色の人が行き交う渋谷の街をわたしはベビーカーを押して歩いていた。娘は不機嫌で、人混みの中で抱っこをせがんだ。

以前高知を訪れたときの帰り道も同じ気持ちになった。人を避けて歩く術を取り戻しながら、また東京に帰ってきてしまった、わたしはここで生きていくのだ、と失望にも似た感情を乗せ、歩みを進める。疲れて泣き叫ぶ娘をあやしながら電車に乗っていたので、肩身の狭い想いをしたということも手伝っていたのだろう。その日大雪が降って、人々の表情が曇っていたことも要因の一つだろう。何かがわたしの背中をぐいぐいと押す。

本当に豊かなことってなんですか?

あなたはいつまでここにいるのですか?


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