これって私だけ?問題。
日常の些細なことなのだが
多くの人がしている事なのに
なんとなく違和感を覚えることがある。
でも、それを口に出してしまうと
即、へんくつ女の烙印を押されそうで
なかなか言えない事。
例えば、エレベーター。
最近だと、ソーシャルディスタンスもなんも
あったもんじゃない状態、というのも難儀なのだが。
ずっと以前から感じていることが
見ず知らずの人に「何階ですか?」と聞かれ、「あ、○階です。」と答え、
○階についたら、◀️▶️ボタンを押してくれて、「あ、すみません。」
と言って出ていく、あの一連のやり取りだ。
あれが、全然嬉しくない。
自分のタイミングで押したい。
できればすぐに一歩下がってほしい。
頼まれてもいないのにそこに立ち続けて、
なんの義務感を背負ってるんだろ。
心なしか、ドヤ顔しているようにさえ見える。
◀️▶️ボタンを押してくれなくても、
私一人くらい問題なく出られるので大丈夫です、と言いたい。
そりゃあ困っている人を見たら、
私も手助けしたいと自然に思う。
駅の長い階段を、重たそうな荷物を持ってゆっくりゆっくり降りているご老人に
「持ちましょうか?」と尋ねて、荷物を持って降りることはたまにあるけど。
ベビーカーを押しているお母さんとか、車椅子に乗っている方なら分かる。
でも身軽に一人で乗ってきている私に、その親切はいらない。
素直にありがとうございますと思えないのは、私の方に問題があるのかしらと、いつもモヤモヤする。
今日、エレベーターに乗ろうとした時
後から4〜5人の団体が乗ってきた。
試しにボタンの前に立って、
「何階ですか?」と聞いてみた。
「あ、8階です。」
はいはい、と8ボタンを押す。
8階に着いてドアが空いたので
◀️▶️ボタンを押しますよ、と思ったのに
手が勝手に▶️◀️ボタンを押してしまった。
ほらみろ、慣れない事はやるもんじゃない。
「ひゃ〜〜〜っ!ごめんなさい!!!」
間一髪で挟まれなかったお姉さんは、
「いいですよーーーっ(笑)」
「▶️◀️ボタン押してるなーと思ってました(笑笑)!」お連れさま達も大笑い。
よくある一連のやり取りは、私がやるとこういう惨事になるのだ。
違和感といえば、
10代の頃は天気の話が不思議だった。
「今日は良いお天気ですね。」
「今日は暑いですね。」
誰にでも分かることを、なんでいちいち口に出して言うんだろ?
今となっては、天気の話なくしては
コミュニケーションが始まらない、というくらい大切なツールになっているのだが。
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