顔のいい男性(20歳)

大学生の頃、私は某駅前留学の英会話に通いつつ、コスプレっぽい制服で有名なパン屋さんでアルバイトをしていた。

Zさんとは駅前留学で知り合った。えらく顔のいい男性がいるなあと思った。少人数クラスで会話をするので、すぐ顔見知りになった。

どのような顔かと言われると表現が難しいが、俳優の玉木宏に似ていたと思う。

ある朝、アルバイト先のパン屋さんに、Zさんが偶然お客様として現れた。私はすぐに気づいたが、英会話教室の時とは、私の髪型や雰囲気が大きく異なるので、Zさんは「なんか知ってる顔な気がするけど誰だろう」的な感じ会釈した。

同じ日の夜、英会話教室でZさんが同じクラスになった。そこで気づいたようで、いつもより明るく挨拶してくれた。

その後、ちょくちょくZさんはパン屋さんに訪れ、私はたまにおすすめのパンを1つサービスした。(念のために記載しておくが、サービスしたパンは私があとでお金を払っていた。)

あるとき、パン屋さんのカウンター越しに、Zさんが連絡先の書かれたメモを渡してきた。いつものお礼にお茶でもご馳走させて!とのことだ。

アルバイト先は系列店で1、2を争う忙しいお店で、主な客層はマダムだったので、混雑する中「イケメンに連絡先渡されてる女の子」への視線が刺さり過ぎて痛かった。美女じゃなくてごめんなさい。

そんなこんなで、翌週、私とZさんは駅前のコーヒー屋さんで待ち合わせした。私はいつも待ち合わせ時刻より早く着くタイプだが、Zさんはさらに早く着いていた。

イケメンがカフェで自分を待っている姿は、なんというか、悪くない。SF小説を読んでいる姿も悪くないし、こちらち気づいて笑顔になる瞬間も悪くないむしろいい。

Zさんは26歳で、写真の専門学校を卒業したあと、しばらくは写真の仕事をしていたが、収入が厳しく、写真の仕事を辞めて、工場で働いていた。外国で仕事をすることも視野に、英会話教室に通い始めたそうだ。

舞鶴出身で、実家がお魚屋さん、お兄さんがお店を継ぐ予定のため自分は京都に戻るつもりはない、と言っていた。

美味しいコーヒーをいただいた後、近くの居酒屋さんで食事をした。お魚ばかり食べて育ったせいか、今も魚が好き、と言って、20代男性にしては珍しく(?)魚料理ばかりオーダーしていた。

お酒はあまり飲まなくて、甘いものが好きで、今度行きたいお店があるので付き合ってね、と次の約束をされ、その日は解散した。

Zさんは出勤前にパン屋さんの店内を覗いて、私が居るとパンを買いに寄ってくれるようになった。

英会話教室でも仲良く話すようになり、スタッフのお姉さんや外国人の先生に冷やかされた。

2回目の約束は、自由が丘のスイーツフォレストに行った。駅で待ち合わせて電車に乗って移動するので、ちょっとデートっぽいなと思った。

シュークリームとかケーキとかスフレとか、甘いものを食べて幸せいっぱいな顔をするZさんを見て、私も幸せな気持ちになった。

流行りの少女漫画の話になり、次に会うときに貸す約束をした。次の約束をしてくれるって、嬉しいものなんだな、と私は学んだ。

Zさんは食事代だけでなく、いつもカフェ代も電車代も支払ってくれた。年齢差はあったが、実家暮らしの大学生とZさんの環境では、自由に使えるお金は同じくらいだったのではないかと思う。すごく無理してくれていたのかもしれない。優しい。

こうして書いていると、2人はいい雰囲気だったかのように見えるかもしれないが、Zさんは面食いをこじらせたタイプで、いつか(美人が多いから)クロアチア人と結婚する、と言っていた。残念ながら私は日本人だ。

実際に仲は良くて、一緒に過ごす時間は楽しかったが、恋愛のような雰囲気は全くなかったと思う。関係性を進めようと思えば進めたのだとも思う。進めてしまうのがもったいない、という気持ちもあった。

3回目の約束では、行きたいお店があるからと、渋谷まで出掛けた。隠れ家的な地中海料理のお店で、真鯛のパエリヤが美味しかった。

このお店は食事が本当に美味しくて、今でもまた行けたらと考えるのだが、お店の名前を覚えていないし、当時は渋谷の土地勘もなかったので場所もわからない。残念だ。

珍しく2人でワインを空けて、ご機嫌に夜の渋谷を散歩した。

この日が転機だったのだと思う。

時系列を整理すると、高校から付き合っていた彼氏に振られ、Zさんと出会い、バーテンダーと出会い、主催した合コンで蠍座の男性と出会った。間に私の誕生日を挟むので、noteのタイトルに書かれている年齢がひとつ異なる。

Zさんとの関係性が一番長く、そこにバーテンダーが入ってきてお付き合いすることになり、蠍座の男性とのチャンスを逃した。

サーカス団の人も同時期だが、話がややこしくなるので、誠に残念だが割愛する。

3回目の約束の前に、私はバーテンダーとのお付き合いが始まっていた。

Zさんと過ごす時間はすごく楽しかった。楽しかったから、ちゃんと整理するべきだと思った。というか、バーテンダーの携帯チェックが厳し過ぎて整理するしかなかった。

特に何かを伝えたわけではないが、私とZさんは4回目の約束をしなかった。

漫画を貸していて、Zさんは帰省の予定があったので、お土産を買ってくるね、とは言っていた。水族館に行きたいね、とも言っていた。

バーテンダーの圧力により、私がのらりくらりしてしまったので、次にZさんと会ったタイミングは季節が変わってしまっていたが、返却された漫画が入れられた紙袋には、一緒にさりげなく京都のお土産が入っていた。

優しくて楽しくて気が利いて、容姿はすれ違う人が振り向くくらい良い。私にはもったいない相手だった。

最初は容姿が魅力的で惹かれたが、何度か同じ時間を過ごして、内面の魅力に気づいた。しかし私自身の選択もあり、関係性が進展することはなかった。

Zさんは本人の願望どおり、美しいクロアチア人と結婚したのだろうか。気になるところだが、その結果を私は知ることはできないだろう。

幸せに過ごしてるといいな、と思う。

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