マルチ商法(19歳)

過去のnote「はじめてのお付き合い」「ピーターパン」「1浪2留の先輩」で登場したメンバーが再登場する。

F氏:私の初めての恋人
Wくん:F氏の幼馴染
Hくん:私のアルバイト仲間でWくんと大学の友人
Sちゃん:私の大学の友人

大学に入学して最初に学ぶべきこと。

「宗教とマルチ商法には気をつけろ」

今回はそんな内容だ。私は陽気に振り切れた性格のため、ときに上記のジャンルに属する人間なのではと警戒されることがあるが、期待にお応えできず申し訳ない。

また、趣味として嗜むポーカーにおいては、6という数字への信心を持っているが、話がややこしくなるので捨て置く。

ある冬、F氏から突然メールが来た。

「大学の先輩がアルバイトを募集しているので、働きたい子がいれば紹介してほしい。簡単な内容だから、身元がわかれば誰でもOK。」

タイムリーなことに友人のフランス人形的な美女であるSちゃんが、アルバイト先を探していた。Sちゃんへ確認すると、紹介希望の返答を受けた。

翌週、町田の喫茶店でSちゃんを紹介し、アルバイト内容を説明する30分ほど、F氏とSちゃんの合意により私は席を外した。

駅前をぷらぷらした後、喫茶店に戻りF氏と解散、Sちゃんにどんな内容だったか聞いた。

「うーん……私には難しいかも」

長いまつげをパシパシさせながらSちゃんは難しい顔をしていた。可愛い。嫌な雰囲気を察し、F氏から貰ったという資料を確認した。

「マルチ・レベル・マーケティング」「ネットワークビジネス」そんな言葉がつらつらと並んでいた。
私はSちゃんに即謝罪し、その日の食事をご馳走した。F氏には私から断りの連絡を入れるので、SちゃんはF氏とはもう2度と関わる必要はない、と説明した。

この時期、私はF氏の幼馴染であるWくんと連絡をとっていた。F氏に断りのメールを入れた後すぐ、F氏から勧誘が来ていないかWくんへ確認した。幸いWくんには声がかかっておらず、状況を簡単に説明し、F氏には気をつけろ、と伝えた。

2週間ほど経った頃、Wくんから「F氏に呼び出された!助けて!」という旨のメールが入った。なんとなく共感できるが、F氏は押しが強く、1人では断りきるのが難しいと判断したようだ。

F氏との待ち合わせ日時および集合場所をWくんから聞き、相談の結果、私も同席することに決めた。というか同席をお願いされた。F氏にはもちろん内緒だ。

待ち合わせの日までに、私はマルチ商法のリスクについて、客観的で簡潔な資料にまとめた。F氏に限ったことではないが、とつぜん元恋人から噛みつかれて、素直に受け入れられる男性は少ない。客観性は重要だ。

当日、集合場所である駅近くのサイゼリヤに私は5分ほど遅れて登場した。元恋人の想定外の登場に、F氏は困惑していた。Wくんと私が知り合いということも知らないのだから当然だ。

私は当然のようにWくんの隣に座り、とりあえずペペロンチーノを注文した。時間はお昼時である。

携帯電話が鳴り、目の前のF氏からのメールを受信した。

「今日はWくんと大事な話をしなければならないので、帰ってもらえるかな?」

その「大事な話」を阻止するために来たのだ。帰るはずがない。私は最高の笑顔で座り直した。

腹が減っては戦もできない。とりあえずWくんと知り合った経緯を説明しながらペペロンチーノをいただいた。私はサイゼリヤの温玉ペペロンチーノが好きだ。

帰らぬ私にF氏のご機嫌がナナメになってきた。その様子にWくんがそわそわし始めたので、私は本題を切り出すことにした。

「マルチ商法って知ってる?」

「マルチ商法は違法じゃない」

いい感じの即答だ。一応、自分がはまっているのはマルチ商法だという自覚はあるようた。マルチ商法は誤解されている、本当は素晴らしいシステムだ、とF氏は続けた。鉄板だぞ、その返し。

「ねずみ講は知ってるか?」

「これはねずみ講じゃない」

ちなみにF氏がはまっていたマルチ商法は、残念ながら商品が流通している気配がなく、ほぼねずみ講であり、その時点でアウトだと私は思う。

「違法かどうかとか、マルチ商法かどうかとか、そういうのはどうでもいい。F氏、あなたはこのビジネスで友人を失うぞ。」

直球勝負した。F氏が当初考えていたようにはうまく直下の会員が増えていないであろうこと、それゆえについに身近な親友達に声をかけ始めたこと、そしてそのためにWくんから私に相談が入ったこと、それに無限連鎖講の仕組みを添えて。

自己の利益のために友人を直下の会員にするのか、逆の立場で勧誘されたとき、自分は不快にならないか。

F氏は全力で反発した。尊敬している大学の先輩に勧誘され、嬉しかった、友人にも自信をもって紹介してる、と。

それなら何故、F氏は親友のWくんよりも先に会ったこともない私の友人をターゲットにしたのか。知恵の浅さと性格の悪さが透けてるぞ。我々はF氏のカモではない。後半は心の声で、伝えてはいない。

F氏は黙った。
私の資料を受け取り、目を通し始めた。

Wくん は ようすを うかがっている

参戦してくれよ。

プライドの高い男F氏、そう簡単には引かない。

「まず、入会しよう。やってみて、無理だと思ったら退会すればいい。」

強気だな。薄々感じてはいたけど、F氏、おまえマルチ商法の仕組みを理解した上で勧誘してるだろ。周りはバカだから騙せると思ったんだろ。

さて、ここで驚いたことにHくんが登場した。前日、アルバイト中に私が状況を話した結果、Wくんを心配して駆けつけてくれた。

F氏、元恋人に続き、Wくんの友人というアンノウンの登場に、さすがに狼狽。四面楚歌やん。

H氏は席につくや否やペペロンチーノを注文。
その流れさっき見た。

Hくんの登場により強気になったWくんがF氏を説得しはじめた。自分は入会したくない、友達を誘うのもやめてほしい、できればF氏も退会してほしい、と。私ひとりでは頼りなかったようだ。すまん。

煮えきらぬF氏、ランチタイムに入店したが、すでに夕方である。店員さんに2度ほど「お客様そろそろ……」と声をかけられ、その都度、ケーキやらアイスやらを追加オーダーした。

H氏は特になにか発するでもなく、様子を見守りながら淡々と食事していた。

いい加減にお腹もいっぱいだし、何よりそろそろ帰りたい。私はF氏に結論を要求した。

「今はまだわからない。先輩に相談する。」

F氏はWくんに対し、その間、誰かを新たに勧誘しない旨を約束した。

17時過ぎ、ぐったりしながら我々はお店を出て解散した。

2日後くらいにWくんからF氏が退会したとの連絡が入った。F氏からは何の連絡もなかった。

この後、連絡を取ることはなかったが、就職してすぐの頃、私は電車の中でF氏と遭遇する。F氏は大手不動産会社に就職し、相変わらず自信に満ち溢れていた。

マルチ商法にはまりやすい人間は、自分は実力に対し周りから正当に評価されていない、と不満を抱えているタイプが多いように感じる。

F氏には、是非、いつも「あなたはすごいね!」と褒めて認めてくれるパートナーを作っていただきたい。知らんけど。

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