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2019年振り返り② 新卒フリーランス編


前回のnote:学生アドレスホッパー 編



◾︎Soft. Guest house

Soft. Guest house を立ち上げた。
ゲストハウスをつくるまでは、ゲストハウスを経営し始めたあとのことや宿開業し、それを継続させるためのあれこれをやっていこうと思い、始めてみた。

Little Japanの柚木さん、はじまり商店街の大輔さんとクマさん、Feteのヒデさん、へんぼり堂の鈴木さんなどの意見を総合して色々考えた末に生まれたもので、事業内容は「イベント企画/開催」「ゲストハウス留学」「場づくりのメディア(Ba)」。自分で世の中に何かを新しいもの作るという面白さを知った。

やっていくうちに、まだ予想もしないことが起きてどうにかなるだろう。という根拠のない自信だけがあった。

今の自分を知っている人は、「イベントの人」という感じかもしれないけど、最初はツアーもやっていた。とあるゲストハウスに頼まれて、マレーシア人13人を富士山へ。


Little Japan の柚木さんに声をかけていただいて、定期的にイベントを開催することになった。今年初開催の「ゲストハウス開業鍋」に参加してくれた行くやさんとザックさんをゲストに4月からイベントを開催していった。

参加者が全くいないこともあった。
集客は、本当につらい。どう頑張っても、最初は難しかったりする。
でも、この時の試行錯誤は今活きていると思う。

このイベントのために金沢から来てくださったしゅくろーさん。
このあと、超有名Tiktokerとなり、YouTubeでも7万人以上の登録者数。


HafHとO3と共同開催。一緒にイベントを開催したいと言い続けていたら、実現した。代表の大瀬良さんも見に来てくれた。

かくれ架BASEという素敵な場を運営している冨永さんからは、ぜひ一緒にイベントしましょうとお誘いいただいた。うどんさんからも、うどんを神として祭り上げる「うどんセレモニー」のMC(門徒役)を任せてもらえた。

小麦粉をかけられながらも、門徒としてうどんの偉大さを渋谷(屋外)で布教した。(はたから見たら完全にヤバい集団)

うどんセレモニーの司教役である雨宮さんは「Kaming Singurality」を渋谷ストリームで開催。自分が開催しているイベントとは別の規模でやっている「世界観を一日だけ作りだすフェス」。

イベントプロデューサーとは、こういうものなのか。
というのを学ばせてもらった。いつかはサイズの違うイベントもやってみたいなぁ。

このイベントの中で、脳波?からあなたの心の風景というのをみれるコンテンツが出店していた。やってみたら、みんな映し出された風景は思い出の風景だったらしい。どれどれ、とやってみるとその風景はまさにキリマンジャロ登頂直後に振り返った時の風景だった。(蝶はどういう意味なんだろう?)

心の風景、キリマンジャロ。
ここへ行ったのは去年の人類の起源を辿った時。
旅をした時、アウトプットの場としてイベントを開催したいなぁと思っていた。それが、やっと実現。

人は集まるか心配してたけど、今までのイベントに参加してくれた人たちが集まってくれた。すんごい嬉しかった。

このイベントは、振り返るいい機会になった。
自分は、人類のルーツに興味があったけど、それと同時に自分の今は亡き父親という身近なルーツを知りたかったのかもしれない、と気付かされた。

このイベントのあとは、交流系のイベントが増えた。
トークイベントをやめるわけではないけれど、イベントの醍醐味はやっぱり共通の項目をもつ人たちが一同に集って、知識のシェアをしたり、コラボレーションをしたりすることだと思う。そう思って、交流の時間を増やすようにした。ワークショップ型で、参加者同士で話す時間の多いイベントが多くなった。


ものごとは、継続すればするほどその人が「crazy about ものごと」ということが周りの人にも伝わっていく。Soft. Guest house のシールを貼ってもらえる機会も増えて、より頑張っていこうと思うようになった。





◾︎廃工場での豊かな貧乏暮らし

我らの秘密基地。ここのおかげで、今自分はいろんなものが保てている。笑
(いい意味で)おかしな来客者がよく来た。3月と5月にパーティをして、外部の人も呼んでパーッとやった。各々の界隈の人が来ているのに、みんなどこかで重なっている不思議。

こんなに人が集まる廃工場があるのだろうか...

ガチャ村さんは、ガチャガチャを持ち歩きながら旅するアーティスト。
起きたら、同じ部屋で寝てた。笑

他にも、モバイル茶室でうちに来る人が来たり、家に帰るとバニーガールがリビングにいたり、VRでAVをみながらギターを弾いている人がいたり、まさにカオス。

部屋には、「蛮族」の名前がついており、自分の住む部屋は「東夷」。
東夷のメンバーで、夜遅くまで語ったなぁ。

東夷の窓は、夏に落ちた。触ってもいないのに「ガシャーン!!」という音とともに落下した。その後、窓枠が古すぎて時間がかかるということで夏は蚊と死闘を繰り返し、秋は寒さと戦った。

屋上では、BBQをした日もあったし、写真上映会もやったし、学生が演劇をやっている日もあった。

メンバーは、入れ替わりが1回起こるとみんな「自分も出るか...」と考え出すらしく、この中で残っているのは2人だけ。夜遅くに帰っても誰かが飲んでたりして、夜遅くまで各々の活動や悩みを語った。


◾︎「ゲストハウス」の 現状

ここはゲストハウスFete。2018年の6月から8月まで自分が働いていたところで、この左側にいるオーナーのヒデさんのおかげで、今の自分があると言っても過言ではないほどお世話になった。

Feteでは、初めてのバーイベント「Soft. Bar」も開催。
なんとみなさんソフトドリンクをオーダーし、イベント名通り、ソフトだった。笑

夏、Feteがなくなることが決定した。
理想のゲストハウスFeteも経営が難しくなってしまい、なくなることになった。ゲストハウス以外の収入源を持っている、自分と同い年の人たちがここで新しい宿をやることになった。死ぬほど悔しかった。ゲストハウスへの思いも、この時は弱まった。でも、少しの迷走をした後「冒険と創造のきっかけをつくる」という軸をブラさずに活動を続けることにした。やる気が爆発した。

ここでの思い出は、短くも濃く、これから自分がゲストハウスをつくる上でベースとなる考え方を得た場所。残念ではあるけれど、得たものを活かして新しいものを作っていきたい。(ちなみにオーナーのヒデさは、このあとイタリアのプロフットサル選手になる)

オリンピック需要で、ホステルなどが乱立してしまい、かなりやっていくことが難しくなった。宿泊施設の超供給過多だ。ゲストハウスの開業は、地方でない限り絶望的な時代。


◾︎「ゲストハウス」の 未来


7月に24歳になった。この頃、本当に迷走してた。
YouTubeを始めてみたり、動画編集を勉強してみたり、いろんなイベントに参加してみたり。焦りがMAXだったと思う。夏なのに、あんまり暑いという感覚がなかったくらい焦ってた。でも、BBQは何度も屋上でやった。


けんくんと始めたYouTubeチャンネル「Usureia.」
会議とか楽しかったし、結果として挑戦してよかったYouTube。このチャンネルは、今年から違う内容でラジオ的なことをやっていく予定。

とにかく、先が不安で仕方がなかった。

仕事をしてるんだろうか?毎日何してるんだろう?このままで良いのか?
ここから作業効率化を測って、スプレッドシートに業務内容や月次目標をまとめるようになった。

そして、「ゲストハウスの未来」をつくるための活動が増える。


● ゲストハウス留学を始める。
何か始めると、ビギナーズラックがあるという不思議。
第一回は、満員となり、満足度も高い会になった。本当にありがたい。

なんと、ダメ元で交渉しに行った結果、世界最大規模のグローバル教育機関「EF」ともパートナーシップ提携をすることができた!


● イベントも、継続して開催することができるようになってきた。旅人帰国後会議、ふらっと住、ゲストハウス出社、何者でもないトークライブ、などコンテンツの軸が少し固まってきて深堀しすぎたイベントもあったかもしれないけど、参加者同士の交流が盛んなイベントがえた。



● 「旅するように暮らす」に関して発信してるのに、全然できてないやん自分。ということで、リモートでできる業務委託をもらった時に神戸へ行くことにした。すごく色々回れた。けど、リモートでも仕事はしなければ行けないから、旅と仕事の両立の難しさを肌で実感した。


● ホステルパスの運営を担当させてもらうことに。
元々は、ただの1ユーザーだったのがまさかこうして仕事として関わらせてもらえるとは...!非常に嬉しい。新しい当たり前をつくっていきたい。


● Robbie Lounge ロゴデザイン
 東京の宿泊施設を紹介するYouTubeチャンネル「Robbie Lounge」。
1万人突破記念で、ロゴデザインを担当させてもらった。


他にも、記事を書いたり、デザイン仕事もらったり、撮影モデルをやったり、レッドブルレースでパフォーマンスしたり、モノをめっちゃ処分したり、うどん打って進むうどん加速装置の道路走行を手伝ったり、筋トレを始めたり、必要だと思ったものは全て買ったり。インスタとかで見ててくれた友達は、「アイツ結局なにやってるの?」という感じだと思う。

自分なりに、かなりコツコツ進んだと思う。
これらは、ゲストハウスを開業した後に必ず役に立つもので、このコツコツが活きる日が楽しみだ。


◾︎世界とのつながりを。

「英語を使わないのか?」
そう言ったのは、いつもFacebookで活動を見てくれているじーちゃん。
おっしゃる通りすぎた。ゲストハウス留学をやった時に、やっと自分が実現したいことができた感じがあった。それは海外の人と日本の人の「異文化交流」の機会をつくること。

自分がやりたいのは、これかもしれないと思った。
まずは、「未来の街」というイベントに出てみた。タイミングよく、こういうイベントをやったりしているあたりはやっぱりついてるかもしれない。

イベントで同じテーブルにいた人たちが川口からの人たちだった。川口は今外国人がたくさん住んでいるらしい。それを知ったあと、自分でも実際に、埼玉に行って現状を見たりもした。

自分の家の周りにも、海外の方がたくさん住んでいた。
アフリカの人たち。話を聞いてみると、エチオピア人らしい。
そして、調べてみるとリトルエチオピアというレストランがあって、行ってみるとそこには周辺のエチオピア人が集まっていた。

仲のいいジョー。元々は同じゲストハウスで働いていた。

パキスタンフェスティバル。パキスタン人が都内でこんなに一堂に集まることがあるのだろうか。

よく考えてみたら、周りに日本在住の外国人はすごく多い。
けど、日本人と彼らの間には何か壁がある。それはもったいないことだと思う。日本にいても、こんなに異文化に触れる機会に溢れているのかと思うと嬉しくなった。その機会は、ある人には価値になるだろうし、何かのきっかけになるかもしれない。ゲストハウスで作りたかったのは、結局は異文化交流の場だった。

ラグビーONE TEAMの感動や、日本が世界の「移民大国」ランキングで4位、2020オリンピック、と注目が「多文化共生」に集まり始めたように思う。


そう思って、2020年からは「多文化共生」をテーマに、新たなフィールドを開拓できればと思う。これは、やらなきゃいけないことだし、自分がやるべきことだと思う。




◾︎下半期 まとめ

そんな、紆余曲折を経て、2019年は幕を閉じた。

最初は、仕事を受注するフリーランス的な動きだったけど、今は事業を作っていきたい、場を作っていきたい、そういう気持ちが強い。心の浮き沈みが本当に激しい一年だった。

2020年は、多文化共生プロジェクトをしたり、クラウドファンディングに挑戦したり、場の運営をしたりする。しっかり体を鍛えたり、デザイン/アート/コミュニティ/ビジネスモデル/マーケティングなどをしっかり深く学ぶ年。集中して仕事ができる環境づくりは、完成させたい。


ものに関しては、2020年買いたいものはない。笑
2019年に購入してよかったものは、ここにまとめてみた。
だいぶコンパクトになった!

欲しいものといえば、健康な肉体、美的センス、世界の教養、思考が重なる人とのつながり。

ジム + イラスト + 読書。
そして、とにかく足を動かして人と話す。






死ぬほど長くなったけれど、年記を書いてみるのもいいなぁ。
毎日の日記が辛いという人はこんな感じで全体の流れを振り返るのもいいかも。Google Photo と Google Calender を使って記憶を遡る。

最後に、仕事のことをメインで書いていたので書かなかったけど、こういう活動を見守ってくれる彼女に感謝。2020年からは、自分が何をやっているのかをもっと明確に発信したいと思う。


あー、年記は流石に長くなる。笑
2019年の振り返り、これにて終了!


2019年前半のnoteはこちら。




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