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情報が歪んでいく様子を追跡してみた:「ほぼ嘘」のミニキリンが誕生するまで

 本記事は、このツイートのより詳細なまとめです。
https://twitter.com/AnatomyGiraffe/status/1349122723306299392?s=20

 ことの発端は、2021年1月12日。
 Yahoo!ニュースのトップに「背が平均の半分しかない「ミニキリン」発見、脚が異常に短いと専門家」という記事がアップされました。(下にスクショも貼ります)
(少し予想していたのでスクショ貼りましたが、記事のタイトルは「脚が異常に短い『ミニキリン』発見、「非常な驚き」と専門家」に修正されました)
https://news.yahoo.co.jp/articles/0270d2c9629d1d66a387db669cc5d184703bdc44
 その後、この記事は、Yahoo!ニュースの公式ツイッターから「背丈が半分 ミニキリン相次ぐ」というタイトルとともにツイートされています。
 元々の研究論文の内容は、「骨格の形成異常によって低身長症(小人症)のような症状をもった若いキリンが、5年間で2頭見つかった」というものです。大人のキリンの身長は5mほど、1歳くらいの子供であれば平均身長は3mほど、4歳くらいで4mくらいでしょうか。
 今回見つかった低身長症のキリンの身長はそれぞれ2.5m、2.8mです。確かにやや小ぶりではありますが、成熟しきった大人のキリンと比べて「背丈が半分」とすることや、2頭の症例を「相次ぐ」という表現は明らかに不適切です。
 なぜこんなことになってしまったのか…と思い、論文→著者の取材→英語の元記事(ロイター)→日本語の記事(ロイター?Yahoo!ニュース?)を順番に確認し、「情報が歪んでいく過程」を追跡してみました。

スクリーンショット 2021-01-13 14.48.55

 さて、ニュースの元になったのはこちらの論文。
 タイトルは、「野生のキリンにおける、骨格形成不全のような症状」という感じです。

 私は元々この論文を読んでいて、1月4日にツイッターでも呟いています。
https://twitter.com/AnatomyGiraffe/status/1345874476748079104?s=20

 元の論文の内容は「2014-2019年の観察調査により、ウガンダとナミビアで低身長症という病気のようなキリンが2頭見つかった」というもの。2頭はどちらも亜成体=未成熟の個体(※表現を修正しました、追記2参照)、同年代の普通のキリンに比べて、肘から先の骨が明らかに短い」という報告です。背丈の話はどこにも載っていません。
(追記:特に短くなっているのが、中手骨という手のひらの骨です。普通の1歳キリンだと長さ65cmくらい、赤ちゃんでも55cmくらいあるのですが、この低身長症のキリンは35cmほどしかありません。ちなみに大人のキリンだと、手のひらの骨は80cmくらいです。キリンは手のひらがとても長い生き物です。)
(追記2:当初は「1歳のキリン」と記載していましたが、こちら私のミスで、片方は1歳半ほどの子供のようですが(2015年12月に見つかった時は赤ちゃんで、2017年3月に写真を撮影)、もう一頭に関しては、地主によると3〜4歳とのこと(2014年に生まれて、2018年5月に撮影)。4歳のキリンはまだ成長しきっていない亜成体(成長が終わるのは6歳ほど)なので、それでもやっぱり「背丈が半分」は言い過ぎだと思います。)

 次に、Yahoo!ニュースの記事やロイターの動画ニュース?にも掲載されている、専門家によるインタビュー動画の内容。論文の著者が属するキリン保全財団の研究者が、「ウガンダとナミビアで見つかった2頭のキリンは、どちらも一歳ほどに”見える”若い個体(※下記追記参照)、明らかにdwarf giraffeだ」と発言しています。ここは専門家の発言ですが、本当は、dwarfではなく、論文で使っているdwarfism=低身長症・小人症という表現の方が正確なのだろうと思います。(下記はロイターの動画ニュース・Yahoo!ニュースに掲載されているビデオのスクショ。左端のキリンが可愛い。)

追記:はじめ「一歳ほどの若い個体」と書いていましたが、博士のご発言は、「1歳くらいに”見える”」というもので、「1歳だ」と言っているわけではありませんでした。これは私の誤解です。修正して、お詫び申し上げます。

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 これが英語版ロイターで、「ウガンダとナミビアで矮小化した2頭のキリンが発見」という記事になります。記事の中では、このキリンたちが若い個体であることに触れないまま、大人のキリンの身長が4.6-6mほど、今回のミニキリンたちの身長が2.5m、2.8mであることを記しています。
 ポイントは、身長の情報を併記しているだけで、決して「今回見つかったキリンは、平均的なキリンと比べて背丈が半分!」とは言っていないことです。それぞれの身長の情報は正しいので、併記すること自体は、ミスリーディングではありますが、間違いではありません。ロイターの記者、間違いとは言えないギリギリのラインをせめていて、なかなかすごいです。褒めてはいません。(※記事のハイライトで「背丈が半分」と書いてあるのを教えてもらいました。下記追記参照)
 そして英語版の記事には、この「ミニ化」は骨が作られる仕組みに何か異常があったためと考えられること、こうした低身長症は人間や家畜ではまれに見られること、けれども野生動物では極めて珍しいことなどが書かれています。これらは、論文の内容に基づいた記述です。
 ちなみに、こうした症例が人間や家畜で多く、野生動物で少ない理由は、「野生動物の場合は、かなり幼い段階で他の動物に食べられるなどして死んでしまうから」です。襲われて食べられてしまうリスクが高い動物では、体に異常があると、生き残ることがとても難しいです。
 そして記事の最後には、ミニキリンはキリン保全財団のモニタリング調査で見つかったこと、キリンは現在数が減っていて絶滅危急種であること、原因は生息地の減少や密猟であること、財団の活動によって最近は数が増えていることを記しています。これは財団のHPなどに記載されている情報です。
 英語版の記事はここまで。ミスリーディングな表現はあれども、1歳の若い個体だという情報が抜け落ちた位です。

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追記:ツイッターで、「英語版ロイターの記事のハイライト(3行まとめ)に”矮小化キリンは平均的なキリンの背丈の半分”と書かれている」ことを教えていただきました。
https://news.trust.org/item/20210108134935-qxcz2
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 では、この英語の記事を元にした日本語の記事をみてみましょう。まず、最初に書いた通り、タイトルが「背丈が平均の半分のミニキリン発見」となります。
 そして本文にも「体高が平均の半分ほど」とあり、五年間で2頭の症例に対して「相次いで」という表現が加わります。元の記事にはあった矮小化の原因や絶滅が心配されていることなどは、全てまるっと削除されています。
 
 実は今回、論文、研究者のビデオインタビュー、英語版記事、日本語版記事の全てで、ミニキリンの同世代の平均身長が明記されていません。過去の論文や動物園のプレスリリースを調べると、1歳のキリンの身長は概ね3m前後。個体差は大きいですが、3-4歳で4mほどでしょうか。ミニキリンは確かに小型化していますが、「背丈が半分」はやっぱり言い過ぎです。「低身長症で短足のキリン」というのがせいぜいでしょう。
 こうしてみると、論文・専門家インタビューから英語の記事になる際に、論文にはない情報やミスリーディングな表現が加わり、そして日本語記事に翻訳される際に「ほとんど嘘みたいな大袈裟な表現」が加わるとともに元記事にあった情報の多くが削除されたことがわかります。
 普段見聞きしているニュースでも、気が付いていないだけで、同様の情報操作はいたるところにあるのでしょうね…
 
 というわけで、まとめますと、
・2頭のミニキリンは、どちらも多分骨の病気で、低身長症のため脚だけが極端に短い
・どちらもまだ子供で、同世代のキリンと比べたら小さいものの、「背丈が半分」は言い過ぎ
・見つかったのは五年間で2頭
・「背丈が半分」「相次いで」というセンセーショナルな表現は日本語版の記事だけに現れる(その後、「背丈が半分」は英語版にもあることが判明しました)
・日本語に翻訳する過程で、記事の情報が半分ほど削除されている

 また、上記のことに比べたら「単純なミス」なのですが、日本語版の記事では「体高」という言葉の使い方が間違えています。体高というのは、足先から肩までの高さを表す言葉です。この記事で体高とされている「4.6-6m」は、足先から頭のてっぺんまでの長さ(=身長・背丈)ですね。
 体高6mのキリンっていったら、多分身長10mくらいあります。デカすぎてやばい。

 最後に、論文の中で著者たちが議論していることを記載しておきます。
 まず、今回報告された2頭の低身長症キリンは、それぞれ2017年5月から、2020年7月から目撃例がありません。(比較的高頻度でキリンを観察できる場所だそうなので、亡くなってしまった可能性もありそう… なお、これは郡司の感想です)
 0〜1歳までのキリンの死亡率は約66%とかなり高いので、彼らが1年間生き抜いたという事実からは、「病変があっても、幼少期はさほど不利ではなかったかもしれない」ことがわかります。ただ、足が短いと一歩が小さくなってしまうので、結果として足が遅くなり、襲われた際に逃げ切ることが難しくなるだろうことが考えられます。また、どちらもオスのため、大人になれたとしても、通常サイズのメスにまたがって交尾をすることが出来ず、子供を残せる可能性は低いだろうとのこと。
 野生動物の低身長症の症例は極めて少なく、野生のキリンでは今回が初めての報告です。病変が生存率に与える影響もわかりません。
 「だからこそ継続的なモニタリング調査を行い、当該個体の生存状況を把握するとともに、他にも類似の症例をもつ個体がいるのかを調べることが重要です。」 論文はそうまとめられています。

 というわけで、脚の短い(だから背も低い)ミニキリンは、実在はしています。けれども、彼らはまだ成長しきっていない若いキリンで、骨格がうまく成長しない病気です。「そんなキリンがたくさんいる」「増えている」というわけではありません。ましてやこれが「新種!」というわけでもありません。(もし、この症状が遺伝子の疾患によるもので、この子達が子供を残せた場合、その子供たちも同様の身体特徴を受け継ぐ可能性はあり、そうして徐々に個体が増えていけば、いずれは別の種になる可能性もあるかもしれません。ただ、現状はそういう話ではなく、あくまでキリンという種の中に、矮小化した病気と思われる個体が見つかっただけです。)
 今回の話は、大量の専門知識が前提になくても、「事実が少しずつ歪んでいく様」を理解できる貴重な機会だと感じたため、まとめて発信することにしました。(そして、ツイッターでの反響は想像以上に大きく、友人からもnoteでまとめたら?と助言をいただいたので、まとめてみました。)
 上にも書きましたが、こんな例はきっといっぱいあるのだと思います。そして、全ての情報に対して、一次情報(ソース・出典)を当たるのは難しいです。メディアの方々には、「大げさな表現でアクセス数を稼げればそれで良い」というスタンスではなく、責任と良心をもって発信していっていただきたいと強く思います。
 ちなみに「正しい情報を伝える手助けができれば」と思って某ワイドショーの取材に答え、「背丈が半分というのは間違い、手足が短い病気の4歳児捕まえて「平均身長の半分のミニ人間」っていうようなものですよ」「小人症のような症状の病気のキリンです」「見つかったのは五年間で2頭だけです」と言ったのですが、放送されたのは「このことを最初に知った時どう思いました?」「こういうこともあるんだなあと驚きました。原因は遺伝子などを詳しく調べないとわかりませんが〜」という感想文+αくらいでした。
 まあ、私の「正しく伝えてくれ」という熱量が足りなかったのでしょう。「こう言ってくれないならコメントを使わないでくれ」と言うような強い意見を言ったわけではないので、自分にも非があります。そして、連絡してくれたメディアの良心を信じすぎました。この一連のツイートをみた上で連絡をしてくださったので、正しく報道する姿勢があると思い込んでしまいました。苦い経験ですが、良い勉強になりました。

追記:また、「この話(私の説明)が正しいかも判断できない」とのコメントをいただきましたが、その通りなのです。誰かの説明だけで事実かどうかを判断することは、とても危険です。だからこそ、発信者には責任が伴います。そして、読み手がきちんと多角的に判断できるよう、出典(この場合は論文や、英語の記事)を明記するのが重要なのです。
 英語は読めないという方であっても、今は翻訳AIのレベルも上がっているので、コピペしたら大体の内容くらいは掴めます。この論文はオープンアクセスで、世界中どこの人でもネットにさえつながればアクセスができます。科学論文の解説記事は、元の論文のタイトルやリンクが記載されていないことが多いのですが、これは出典を当たることが難しくなるため、本当に良くないことだと思います。アクセスする人が少なかったとしても、きちんと出典を明記することが、発信する側の誠意のはずです。メディアの方々には、ぜひその点も再考していただきたいです。

追記2:この一連の流れを読んで、「これはフェイクニュースだ」と言うのは少し違うかなと感じます。この記事は、事実(低身長症の短足キリンが見つかった)を、大げさな表現(背丈が平均の半分、相次いで、など)で肉付けしたものであって、核となっている原点は嘘ではないです。世の中には、こんな風に大げさに肉付けした「ぽっちゃりした真実」が溢れています。真実だ!嘘=フェイクだ!とするのではなく、どこまでが真実で、どこからが誇張なのか、そしてその誇張はどんな意図でされたものなのかを考えることが大事なのだと思います。(ぽっちゃりした真実、は、私の大好きな研究者の言葉。気に入っている。)

追記3:ちょっと私も熱くなりすぎて、一部誤読・間違った説明がありました。片方のキリンは1歳半くらい(どれだけいっていても2歳弱)なのですが、もう片方は地主いわく3ー4歳だそうです。ただ、成熟しきっていない若いキリンであることはしっかりと記述されていますが、野生の個体なので、「いつ生まれた」という情報がはっきりしないのです。
 これを踏まえると、研究者側が「何歳だってはっきりいえないけど、結構歳とっている可能性もあって、そうしたら成長しても大人の半分しかないミニキリンじゃん!」と言いたかった可能性もあるのかな、と思いました。注目してほしくて少し大げさな表現をしてしまうのは、マスメディアだけではないので。
 下の写真は、3歳ほどのキリン(ハヤテくん)と大人のキリン(ハートくん)(親子)の写真です。論文のデータを用いて計測すると、左の子供の背丈が3.6m、右の大人が4.4mです。ウガンダで見つかった3ー4歳のミニキリンは2.6mだそうなので、だいたい左の子の7割くらいの大きさです(図青ラインくらい)。4歳であればもう一回り大きいですが、それでも「背丈が半分」は言い過ぎだと思います。
 メディア用のビデオで1歳半ほどと自分たちで確認している個体を使っているのは、地主の言葉しか年齢を証明できないナミビアの方は「やや怪しい」と思う部分があったのかもしれません。(論文を読むと、この地主いわく3ー4歳のミニキリンの腕・手のひら・指先・首の長さは、全ての項目で1歳以下の幼いキリンと同等。これは私による印象操作かもしれません)
 あと、ついでですが、左の子の前足にある赤いラインが、手のひらの骨です。後ろ足の緑の丸が、膝の位置。

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 いずれにしても、「成熟していないキリンと大人のキリンを比べて「背丈が半分」とすることや、5年で2頭を「相次いで」とすること、論文中には一切でてこない背丈の話がでてくることなどは、よくないことだと思います。研究成果を発信する側として、これは気をつけるべき点だと改めて感じました。

追記4:この記録は、「メディアは情報を歪める!信じるな!ひどい!」と糾弾することを目的としているわけではありません。マスメディアもビジネスなので、時には(キリンみたいな医療や政治から遠いほんわか話題なら尚更)悪意なくキャッチーで面白くなるように脚色を多少してしまうものです。ましてや政治や医療の場合、専門的すぎてわからずに意図せず誤解させる記事になったり、なんらかの意図をもってミスリーディングな記事を書くこともあるでしょう。大事なのは、「読み手=消費者側は、メディアの記事がどこかで歪んだ可能性がある可能性をいつも頭の片隅に置いておく」ことだと思います。ん?と思ったら別の記事や元の記事を少し探してみるのが良いです。海外のサイトでも、Google Chromなら、右クリック→日本語に翻訳で、それなりに読める形になります。何でもかんでも鵜呑みにしない、というスタンスが大事だと思います。
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 最後に少し宣伝です。今回この短足の低身長症ミニキリンを報告したキリン保全財団は、少額から寄付を受けつけ、チャリティTシャツの販売もしています。寄付金やチャリティTシャツの売り上げの一部は、こうしたモニタリング調査の人件費や物品費、密猟者から身を守るためのガードマンを雇う費用に使われるそうです。
 可愛いデザインがたくさんで、キリンの保全にも貢献できるので、もしよかったらぜひお買い求めください!(チャリティTシャツのわりに値段がお手頃な一方、生地は結構ペラペラなのが玉に瑕。素敵なデザインなので、値段をあげてもしっかり作ってほしい)
 財団のHP→https://giraffeconservation.org/ 
 Tシャツのショップ→https://shopforgiraffe.com

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 おまけ。キリンのこともっと知りたいなと思った方は、拙著「キリン解剖記」も手にとっていただければ嬉しいです。正しく知って、興味をもって、少しでも好きになっていただけたら、言うことはありません。→https://www.amazon.co.jp/dp/4816366792/
 書評はこちら!→https://honz.jp/articles/-/45280

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https://tver.jp/episode/80995854

おわり

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