私が魔法使いなら

目の前には、知らないおばあさんが我が家でお茶を飲んでいる。
いや、数時間前までは知らないおばあさんだった。
今は、私の人生を揺るがすその人となり
娘を孫のように可愛い可愛いと言いながら、目を細めている。

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娘の幼稚園のお迎えバスを待っていた私は、
いつものようにその時間を少し持て余していた。

スマホを見ることが多かったけど、今日はそんな気分ではなく
道路を通り過ぎる車や、道を行き交う自転車や人をぼんやりと眺めていた。

買い物帰りの人のエコバッグの中から長ネギが顔を出していて
今日はお鍋なのかな、と想像したり
ちょっとうつむいて歩いている人を見て、何かお悩みがあるのかな?とか
勝手に想像を膨らましてみる。

彼女は昨夜、ずっと寄り添ってきた旦那さんから
思わぬ告白をされたのかもしれない。
それは、墓場まで持って行くくらいの超ド級の秘密だったのだけど
ふとした気の緩みからバレてしまって、彼女は思わず問い詰めてしまう。
そして、長年の暮らしを清算する覚悟を決めたのだった・・・


そこまで想像がありありと浮かんだところで、信号が点滅し始めた。
その女性はこちらに向かって歩いていたが、急に小走りになった時に
足がもつれて、転倒してしまった。

慌てて駆け寄り、体を抱き起こし、急いで歩道へ誘導する。

良かった・・・何事もなさそうだ。

「お怪我はないですか?」

「・・・ええ、大丈夫、ありがとう・・・びっくりしたわ。
つい考え事をしながら歩いていたものだから・・・」

「そうだったんですね。お気をつけになってください」
ハンカチをその方に差し出す。
転倒したところの膝が、軽く擦りむいていた。

「ええ、本当にありがとう。
見ず知らずのあなたはこんなにやさしくしてくれるのに、
一番身近な家族ときたら・・・」

聞くつもりはなかったのだが
彼女はおもむろに話し始めた。

そして驚くことに
私が先ほど空想した話と、ほぼ違わぬストーリーを語り出したのだった。

彼女の旦那さんは、ずっと秘密にしていた内縁の妻がいたこと。
もう数十年も隠し通していたこと。
それがたまらなく許せないこと。

「私の家に入ってもらったのね。私は一人娘だったから
家を継がなくてはならなかったから。
でも、もうその必要もなくなったわ。
ここでもう、おしまいにするの」

「おしまいって・・・離婚なさるんですか?」

「そんなことしないわよ。
もっと、夫には打撃を与えたいの。
私が引き継ぐはずの資産を、1円足りとも渡さない。
私を騙していた人には、渡したくないの。

そして、私は決めて家を出たの。

今度、私に心から親身になってくれた人に
全てを譲ることに」

「はあ、そんな決め方でいいんですか・・・?」

「いいの、私がやりたいようにしたいの。
だから、あなたに全てを渡すことに決めたわ」

「えっ・・・・
私、私ですかあああ???
そんな、ちょっとよろけたところをお助けしただけですよ?
もっと、他に親身になってくださる方、これから先出てくるんじゃないですか?」

「これから先、はもう考えないことにしたの。
明日も私が生きている保証はどこにもない。
誰もが明日が来ると、おかしくなるくらい信じているけど
私みたいに、昨日までの私が死んでしまうくらいのこと、起こるのよ。
これから先を考えて、今を不自由にするのは絶対にもうしないと決めたの」

その目は、静かに燃え、震えていた。
もう揺るぎなく決意した人の眼差しであり、覆すことはないのだろうという光が満ちていた。

どうしたらいいのか、分からないけれど。
一旦は自宅へお招きしようと思い立ち、ちょうど到着した園バスから出てきた娘と一緒に、自宅へ向かう。

「ねえ、ママ。
おばあちゃん、おともだち?」

「え?えーとね、さっきお知り合いになったっていうか・・・」

なんと娘に説明したらいいか分からない私に、彼女はこう告げた。

「ママはね、おばあちゃんの魔法使いなのよ」


なぜ私が魔法使いなのか・・私からしたら、彼女が魔法使いのようにも思える。
もしくはこの世界に何らかの魔法が降り注いで、それを受け取れる位置に私が偶然居合わせたのか。

彼女の天地をひっくり返した事実への復讐を、魔法使いである私が引き受けたのかもしれない、とも思いながら、娘にはなんと言っていいのか分からず、よく分からない笑みを浮かべながら家路を歩くのだった。


※ミライノオトシリーズ。
妄想で描く、うっかり豊かさを受け取ってしまうシリーズです^ ^



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