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秋田市の子どもたちに思い出と夢を!秋田ゆめ花火!

皆さんこんにちは!秋田ゆめ花火プロジェクト実行委員会代表の佐藤勇人(さとうゆうと)です!

コロナ禍が始まってもうすぐ2年が経ちます。

そして同時に多くのイベントが中止になってきました。

イベントだけでなく子どもたちの修学旅行やスポーツの大会なども中止、縮小に追い込まれています。

そんな中でも「どうにかして子どもたちに思い出を、エールを送りたい!そして秋田市を盛り上げたい!」とスローガンをかかげ秋田ゆめ花火プロジェクトを企画しました。

1.秋田ゆめ花火プロジェクトって?

花火ポスター



端的に話すと秋田市内4か所で11月毎週土曜日に花火を打ち上げると行ったイベントになります。

秋田大学、秋田県立大学、国際教養大学の学生たちと協力し、①秋田市の子どもたちへ思い出を届ける ②多くの花火大会が中止になっている今を理解してもらい、自分たちのような活動を全国に広げたい ③秋田市自体も盛り上げたい

この3つの想いが込められたプロジェクトになっています。

そしてそれぞれの想いを達成するために様々な取り組みを行ってきました。

2.どんな活動をしてきたの?

数えきれないほどの仕事量があったので、時系列順にどういった活動をしてきたのかご紹介をしていきます!

新年度が始まった4月、塾で生徒に指導をしているときに修学旅行の話を聞きました。
「今年修学旅行に行けるかわかりません、そして行けたとしても近場になるみたいです。ディズニーランドにみんなで行きたかったです。」
残念そうに話している生徒を見て、なにか子どもたちにできることはないかと思いました。

更に5月に入り、大曲の花火も中止になるだろうという噂を聞き、2年連続の私自身の楽しみも無くなってしまった…という喪失感に苛まされました。

花火好きの私は花火師さんの現状も少なからず知っています。
ここでもなんとかして花火師の現状を皆に知ってもらいたいなという思いが出てきました。
そこから2週間どんなイベントなら子供たちへ思い出を届けられるだろうか、花火師のことを知ってもらえるだろうかと考えました。

そうしていると「秋田市内を4か所にわけて、大きい花火を打ち上げることでたくさんの子どもたちに花火を見てもらえるし、花火師も花火を打ち上げられるのでは!?」と思い、5月末に企画書を書きました。


そして6月…どうやってプロジェクトにひとを集めようか…という問題が降りかかってきます。
職場内で国際教養大学、秋田大学のアルバイトの講師に花火打ち上げる企画を少し話しており「プロジェクトのメンバーを集めるなら自分手伝いますよ!」と言ってくれて、各々のSNSにてメンバーの募集をして貰いました。

するとあっという間に24人もの学生たちが参加したいです!と集まり、いよいよ実行委員会としての活動が始まりました。

集まった学生たちを総括、デザイン部、SNS広報部、地域協力部に分け、更にそれぞれの部からリーダーを選出し実行委員会らしくなってきました。

7月…花火ってどうやって打ち上げるの?どんな申請が必要でどこに相談しに行ったらいいいの?

すべてが初の試みでした。ここから部門ごとの活動になります。

総括…企画書の練り直し、花火の打ち上げ場所の選出、ホームページを作るか作らないか

デザイン部…ポスターのデザイン作成、プロジェクトのロゴ作成

地域協力部…子どもたちにどうやって関わってもらうかのアイデアを考える

SNS広報部…なにを発信して、どういったツールを使うのか

7月は本当に初めての活動だったこともあり、なにをどうやっていったらいいのか試行錯誤した期間となりました。

8月…わからないことは知っている人に話を聞けば!ということになり、花火師への相談、そして千秋花火の実行委員会のメンバーである川口さんにアドバイスを頂きに伺いました。

打ち上げ場所周囲に住む人々への周知(会報を出す)、各打ち上げ場所の申請場所、方法など数えきれないほどのアドバイスを頂きました。

それじゃこのアドバイスで聞いたことを活かして関係各所に連絡をしよう!ということでプロジェクトの方向性も少しずつ決まってきました。

同時期に今回花火の打ち上げをお願いした、響屋大曲煙火さんにプロジェクトメンバーで訪問し、工場見学を通じて花火を作っている人の生活を見てもらいました。

また米沢花火プロジェクトのご協力もあり、秋田市に募金箱を設置しようという試みもはじまり、どこに募金箱を置くのか?といったことも決めていかなければなりませんでした。

9月…稼働可能なリーダーを引き連れて、各打ち上げ地区のサービスセンターに行ってきました。
手形山、新屋、土崎、雄和4か所のサービスセンターにてお話をしていると、後援依頼を秋田市に出そうという話になりました。9月の初めに秋田市役所の総務課に指定の書式で後援申請依頼書を提出し、約1週間で後援決定通知が届きました。

後援の書式はとくに難しいところもないのでこれからイベントを企画開催される方はぜひ参考に!

また打ち上げ場所の手続きとして手形山は秋田市上下水道局へ、新屋は国土交通省河川事務局茨島出張所、土崎は秋田市港湾管理事務所、雄和は新屋と同じ国土交通省河川事務局茨島出張所、それぞれ関係機関に花火を打ち上げる際の手続きを聞いてきました。

手形山(秋田市上下水道局)…打ち上げの図面並びに、水道局内土地使用許可申請火薬類煙火消費許可証が必要。

新屋(国土交通省河川事務局茨島出張所)…打ち上げの図面、警察、消防の見解、緊急時の連絡先、公園使用許可証(秋田市役所公園課にて申請)、火薬類煙火消費許可証が必要。

土崎(秋田市港湾管理事務所)…打ち上げの図面、秋田港使用企業の許可、船川港長の許可(海上保安部にて申請)、警察の見解、火薬類煙火消費許可証が必要。

雄和(国土交通省河川事務局茨島出張所)…打ち上げの図面、雄和土地改良区の許可、並びに打ち上げ場所が私有地の田も含むため、田の所有者全員の許可、火薬類煙火消費許可証が必要。

上記はすべて打ち上げ場所1か月前までの提出期限ありです。

またホームページの作成もこの時期に行いました。
ホームページのリンク→https://akitayumehanabi.wixsite.com/website


10月…ここも部門ごとの活動報告していきます。

総括…許可申請の手続き、取材関係

デザイン部…打ち上げ終了後の動画作成アイデアの募集

SNS広報部…SNSにて協賛企業や募金設置店のご紹介

地域協力部…打ち上げ近くの小中高へ花火玉へ貼り付けるメッセージの募集

募金箱の設置、ポスターの設置、企業協賛のお電話も実行委員会全員で行いました。

地域の人々の暖かい言葉やメッセージが多く感じられたのもこの時期からです。
募金箱の設置の際に「応援しています!」、「子どもと一緒に楽しみます!」といった温かい言葉をたくさん頂きました。
子どもたちの花火玉に貼り付けるメッセージも多くの想いが込められていました。

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11月…いよいよ打ち上げです。

まずは11月6日手形山地区の打ち上げになります。

15時から警備の打ち合わせ、花火師の花火準備風景の撮影などを行いました。

いよいよ打ち上げ時間になりましたが、突然入ってきた車がいたりして、思うようにスムーズに進まない場面が見られました。

打ち上げも無事終わり、片付け、そして次回の打ち上げの課題の共有を行い、初日は無事終了いたしました。

次の日の日曜日お昼過ぎに打ち上げ場所に行き少し花火の欠片拾いをしていました。

するとある一人の男性に声をかけられ、「昨日の花火家から見られたよ。ありがとう。」との言葉を頂きました。

この時に初めて、ああ…打ち上げてよかったなと、残り3回も多くの人に喜んでもらえるように、そして自分自身も楽しめるように頑張ろう。と思えました。

そして2回目の11月13日の新屋地区の打ち上げ…天候は朝から雨でした。

前回と同じように15時から打ち合わせを開始、手形山地区の反省を活かしコーンを立て警備灯を準備するなど打ち上げまでスムーズでした。

そして打ち上げ時間、奇跡的に雨も上がり新屋地区の空に大輪の花を咲かせました。

次の日の日曜日、朝からプロジェクトのメンバーそして茨島のマルハンさんの従業員の方々と一緒に花火の欠片拾いをしました。

保安距離ギリギリまで花火の欠片があったのでやはり保安距離は大事なんだなと再認識をした日でもあります。

3回目の土崎地区での打ち上げがいよいよ始まろうとしていました。

この時期の土崎港は風も強いため打ち上げができるか不安でしたが、天候もベストコンディションで打ち上げも成功しました。

セリオンには多くの人が集まっており、セリオン前にて募金活動をしていたメンバーからもいろんな嬉しい言葉を聞いたと連絡がありました。

そして次の日、今回は秋田港を使用している業者さんのエリアも含まれていたので掃除をいつもより拡大して行いました。

釣りをしている人から大きい花火だったなとお話を受け、本当にいろいろな人に花火を見てもらえているのだなと実感しました。

そして最終雄和地区での打ち上げが始まります。

天候は生憎の雨…それでも最後まで打ち上げをやりきりました。
雄和の人々から「本当にありがとう。お疲れ様でした。」との労いの言葉も頂き、本当に、ここまでやりきったなと…そして自然と涙が出てきました。

自分が見たかった花火、そして多くの子どもたち、秋田市の人に見てもらいたかった花火がこの秋田ゆめ花火プロジェクトで実現できました。


すべての打ち上げが終わり、12月に入りました。

打ち上げが終わってからもまだまだやることは残っています。

今現在進行しているのが協賛をくださった企業さんと募金箱設置に協力してくださったお店への今回打ち上がった花火のポストカードの送付です。

またメッセージを募集した学校にもポストカードを届ける予定です。

まだもう少しやることは残っていますが、最後までやりきろうと思います。


プロジェクトを振り返って…

今思うとこの半年間本当に駆け抜けてきたなと思います。

何も知らない状態から花火を打ち上げよう!なんてプロジェクトをスタートしてしまったんだ!と思うこともありました。

それでも実行委員会のメンバーと深くかかわるうちに皆に誇れる、多くの秋田市の子どもたち、人々、そしてプロジェクトメンバーである学生たち、そして私自身も楽しむことのできるプロジェクトになりました。

どんなに辛いことがあっても、「あぁ、やってよかったな」とその一言に尽きます。

欲を言えば10年前、自分が大学生の時にこういった経験ができたらよかったな…

とそれほど素晴らしい経験をさせていただきました。

今回経験したこと、学んだことを活かして来年もなにかできればいいなと思っています。

長くなってしまいましたがここまで読んでくださってありがとうございました。

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