2種類の道具主語 (Pinker:1989, 西村・野矢:2013)

   Pinker (1989:163) では、道具がintermediary instrumentsとfacilitating instrumentsに分けられており、前者の方が主語位置に現れることができるとされている。前者の道具は、例えば、The brass key opened the doorの場合、「誰かが鍵に働きかけることによって、鍵がドアに作用し、それが原因でドアが開く」という具合に因果連鎖の2番目に位置することができる参与者がintermediary instrumentsと呼ばれる。それゆえ、道具主語は因果連鎖に不可欠な要素で「動作主に相当するもの」あるいは「原因」として理解される。一方で、facilitating instrumentsは、因果連鎖の中でごく小さい役割に過ぎず、動作主が作用する因果関係の中に取り込まれてしまう(e.g., *A spoon ate the cereal.)。

 しかし、この分析は必ずしも日本語に当てはまるとは限らない。(1a)の道具主語に対応する日本語(1b)は非文であるように思われる。しかし、(1c)、(1d)のように、その道具が特別な性質を有している場合に日本語においても道具を主語で表すことができるように思われる(西村・野矢 2013)。すなわち、ある出来事における因果連鎖の中で必須な役割を果たすことは、その主語が持つ特別な性質に起因することがわかる。したがって、(1c)、(1d)はintermediary instrumentsであるように思われる。

(1)
a. This key opens the door.
b. *この鍵がドアを開ける。
c. この鍵は全部の部屋を開けてくれるんだよ。
d. このペンはすごく細い線を引ける。
e. *このペンは線を引ける。

○参考文献
・西村義樹・野矢茂樹(2013)『言語学の教室:哲学者と学ぶ認知言語学』、中央公論新社
・Pinker, Steven (1989), Learnability and cognition: the acquisition of argument structure, Cambridge, MA: MIT press

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