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人の死に際し、できること。

あーなんだです。

肝硬変→肝臓がんになった義理の父に早めに親孝行しなきゃ、旅行でもどうだろうか?と妻と言っている間に、腹水が溜まったとのことで1週間の入院となりました。

がんも末期の可能性が高いようなのですが、腹水が溜まったからと言って、やたら抜いていいものではないよう。
体力、免疫力に関わりが深いとのことで、がん末期では腹水を抜くという治療法が避けられることもあるようなのです。

腹水の治療方法としては、腹水を抜くことの他、塩分制限や水分制限、利尿薬の投与などがあるそうですが、ひとまず腹水を減らす対症療法が主。
末期となれば、そう思い切ったこともできないのでやむを得ないのかと。

義理の父は今後在宅診療を希望しているので、それはよかったなと思うのですが、介護自体は間違いなく大変になります。
急変することもあるからと言われていたので、介護の申し込み自体はすでに義理の母がしているはず。

介護サービスの内容・頻度にもよりますが毎日の世話が大変になりそうです。
フォローが必要として、現実的にあーなんだと妻がどこまでフォローができるのかできないのか確かめなくてはです。


義理の父の緊急入院のことを聞いて、小2の次女と小4の次男は「じぃじに手紙を書く」と言って泣いていました。

死に様を子どもらに教える役は、義理の父より年上のあーなんだの父母のどちらかがするものと思っていたのですが。。。

あーなんだが子どもたちにできることは「死んでも死なないから大丈夫だ!なぜなら…」と言うことなのですが、さすがに工夫が要りそう。
あーなんだ家の子どもは、幼稚園組、小学生組、中学生組と分かれているので、それぞれに適した説明・メッセージを考えようと思います。

「死は何だかよく分からないが怖い」「死は何としても回避すべきよくないもの」という印象だけが刻まれるのは避けたいと思っていますが、一旦はそう感じるのもあり。というかやむなし。
そこから自分なりの死生観を発見する助けを多少なりとも提供したい。

死んでも天国に行くから大丈夫!レベルの説明は幼稚園組にとどめようと思っています。
しかし、この幼稚園組の三男が一番アンテナ感度が高い感じです。
なぜか日頃の発言の中にも「神様がそうしたの?」「魂が○○なの?」のような発言がちょいちょい入って来る。
説明をするより、どう感じるかを聞いてみたいと思います。

むしろ、小学生組、中学生組の方が感情的に難しくなる可能性があるので、あれこれ言わず少し様子見をしようかと考えています。


義理の父の人生の締めくくりでもあり、子どもらにとっても死生観を形成する、もしくは死生観が変容する大事な場面。
あーなんだにも何らかの変化があるものと思います。

できることは少ないですが、ひとまず在宅診療に切り替わったら、ぼちぼち子どもたちを義理の父のところに連れて行こうと思います。



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