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帝国トンボ最新作「毒蛇はキスできない」作品紹介④

いざ!仙台市電で東北産業博覧会へ!

読者の皆様、ご機嫌よう。アカトンボ編集社の小栗ハタエです。

今回は、今話題の「東北産業博覧会」の模様を皆様にお伝えしたく筆をとりました。
東北産業博覧会は広瀬川の近辺に位置する三つの会場で開催中です。まだ足を運べていない方もそうでない方も是非本記事をご覧ください。

<中略>

といった様子で、博覧会は大盛況でございました。

なお、今回は先日工事が完了したばかりの、仙台が誇る【鉄道】、仙台市電を利用して博覧会会場へ向かいましたが、車内では仙台市民が賑やかに話し込んでおりました。仙台市電は非常に便利で、博覧会をお目当てに仙台までいらっしゃった方々にとっても心地よい移動手段になったに違いありません。

また、博覧会の合間に商店街を散策いたしましたが、博覧会にあわせて「飾りつけコンクール」の開催準備を進めている方がいらっしゃりました。こういった商店街の取り組みは今年が初めてでございまして、街全体が賑わっておりました。こちらは8月の開催予定。美しい七夕かざりをお目にかかることができそうです。

さて、随分脇道に逸れましたところで閑話休題。東北産業博覧会では、産業や文化の発展を存分に堪能することができ、私は貴重な体験をすることができました。これからも東北の発展に期待が高まるばかりです。

 さてさて、それでは紙面の都合でこの辺で。ご機嫌よう。

ー小栗ハタエ『野音-5月号』アカトンボ編集社,1928年

はじめに

帝国トンボのnoteをご覧いただきありがとうございます。帝国トンボの広報を担当しております夢野(ユメノ)、阿南すだち(アナンスダチ)と申します。
 「毒蛇はキスできない。」に登場する記者、小栗ハタエの記事はいかがでしたか?
本記事は、第3回目のコラムになります。第2回をご覧になっていない方はこちらからどうぞ。

【URL】

鉄道のはじまり

18世紀後半のイギリス。産業革命の最中、蒸気機関が、19世紀初頭には蒸気機関車が発明されました。しかし、レールの脆さなどから実用化には至らず、交通手段といえば馬や徒歩、自転車ぐらいのものでした。

しかし、ナポレオン戦争が開戦すると、当時の陸上輸送手段の要であった馬が軍馬として徴用されてしまったことにより、代替手段としての蒸気機関車に期待がよせられるようになりました。そして、改良が進んだ1825年、ついに鉄道は商用化され、新たな交通手段として、鉄道が人々の生活に加わりました。

ちなみに、この時、日本はまだ江戸時代。異国船打払令が出され、まだこうした技術が伝わる余地のない時代でした。

鉄道と日本

日本史において初めて蒸気機関車が登場するのは1853年。ロシア帝国のプチャーチンによって、日本に蒸気機関車が運び込まれました。しかし、当時日本に運び込まれたのはあくまで模型。子どもが乗って楽しむようなサイズの「豪華なおもちゃ」でした。

今や鉄道大国と呼ばれている日本ですが、本格的な鉄道の開始には明治政府の誕生を待たねばなりません。

時代が明治に変わり、目まぐるしく社会が変わる最中、鉄道が本格的に開業をしたのは1872年10月14日のことでした。(これを記念して「鉄道の日」が制定されています)
新橋-横浜間を結ぶ鉄道が正式開業され、東京を皮切りとして全国各地に波及をしていきます。しかし、1877年には財政難によって新規開業が困難となります。そんな中で誕生したのが民間会社による鉄道、「私鉄」でした。

「日本鉄道」「北海道炭礦鉄道」「関西鉄道」「山陽鉄道」「九州鉄道」を合わせて「明治の五大私鉄」と呼ばれ、現代に続く鉄道の基礎がレールともに敷かれていきます。

そして、1899年以降は環境汚染や維持等の様々な問題から蒸気機関車から、電気鉄道にその姿を変えていくのでした。

特別急行列車の誕生

今やなじみ深い特別急行列車(略:特急列車)の名が使われたのは1912年のこと。日本初の”特急”は東京・下関間直通列車でした。

その後、1929年になると、特急列車に愛称をつけ呼称する動きが生まれます。一般公募によって東京・下関間の1等車・2等車特急「富士」、3等車特急に「桜」という愛称を採用。翌年には、超特急と呼ばれた「燕」が運行を開始しています。中でも「燕」は人気が高く、1931年12月から、東京-大阪間に特急「臨時燕」の運転が開始されるほどでした。3年が経つとこの「臨時燕」は不定期列車化され、名前を「不定期燕」と呼ぶようになりました。これら「燕」の需要から、東京-神戸間「鴎」の誕生に至りました。

地下鉄や路面電車

レトロモダンの象徴ともいえる「路面電車」の歴史も見ていきましょう。

路面電車は1895年に京都電気鉄道により日本で初めて運行されました。その成功を皮切りに東京でも路面電車が運行し、大阪、神戸など全国各地で相次いで運行されるようになりました。

そんな路面電車ですが、自動車も急速に普及したことにより道路混雑・渋滞という問題が生じます。こうした事態を解消するべく、ロンドンの地下鉄を参考にした地下鉄開業が行われることになったのです。

そして1927年に、上野-浅草間で地下鉄が開業。現在の東京メトロのルーツとなっています。これは、日本初であるとともに、アジア初の地下鉄でした。

ご紹介してきたように、鉄道は人と人との距離を縮め、新たな文化や産業の種として発展してきました。

小さな模型の走行にはじまり、多くの人々を送り届ける大きな乗り物へと変化した日本の鉄道。あなたの住んでいる地域にも、明治・大正期の鉄道の名残を見つけることができるかもしれません。

最後に

今回は、帝国トンボ最新作「毒蛇はキスできない。」に関連して、「近代日本の鉄道」についてご紹介させていただきました。

作中では路面電車や昭和初期にはまだまだ珍しい存在であった自動車も登場します。それぞれがどういったシーンで登場するのかご期待ください。
今作も今までの作品同様に見どころが沢山詰まっておりますので、是非楽しみにお待ちくださいね。
特報も公開されておりますので是非ご覧ください。
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では、またお会いしましょう。左様なら。
(記事執筆:帝国トンボ 総務科  夢野・阿南すだち 冒頭モキュメンタリー執筆:初瀬川タイキ)
※冒頭のインタビュー記事は、弊団の作品広報企画の一環である、モキュメンタリー記事であり、フィクションです。実在の地名や団体、人物とは関係ございません

(参考)
 ”日本の鉄道史” .Wikipedia
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%89%84%E9%81%93%E5%8F%B2

”鉄道の歴史”.Wikipedia
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E9%81%93%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

東建コーポレーション株式会社. ”日本の鉄道の歴史”.ユキサキNAVI
https://www.homemate-research-station.com/useful/14642_facil_003/

東建コーポレーション株式会社.”世界の鉄道の起こり”.ユキサキNAVI
https://www.homemate-research-station.com/useful/14640_facil_001/

一般社団法人地下鉄協会.”チカテツ「100知りのススメ」”
http://www.jametro.or.jp/100/001.html#:~:text=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%88%9D%E3%81%AE%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84%E8%AA%95%E7%94%9F%20%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E9%8A%80%E5%BA%A7%E7%B7%9A%E9%96%8B%E9%80%9A%E3%81%B8&text=1914%E5%B9%B4(%E5%A4%A7%E6%AD%A33%E5%B9%B4,%E9%96%93%E3%81%AE%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

東建コーポレーション株式会社.”日本国内における路面電車の歴史”.ユキサキNAVI
https://www.homemate-research-streetcar.com/useful/14881_facil_002/


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