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【プレイ感想】ファミレスを享受せよ

深夜のファミレスの得も言われぬ倦怠感。しかしそのまどろみは気持ちよく、甘美な怠惰の流れに身を任せていると、ささやかな幸福を感じたりもする。『ファミレスを享受せよ』は、まさにそうした雰囲気で繰り広げられるアドベンチャーゲームだ。

とはいうものの、厭世観を語りつつくるくるパスタを巻く後輩も居なければ、ミラノ風ドリアも出てこない。満月が見つめる永遠の檻に閉じ込められた主人公たちは、うっすらとした諦観の中、雑談に興じるわけだ。

終盤でこそ物語の方向を決定づける判断が必要となるが、基本的にはこの雑談がメインだ。だから本作を取り巻く雰囲気が合わないのであればおすすめしない。逆に言えば、雰囲気が好みであれば間違いなく遊ぶべきだ。

フレーバーテキストには作者の思想がにじみ出る。インディーゲームであればなおさらで、ことアドベンチャーゲームについては、善悪や正しさなどという曖昧な客観からとはかけ離れた、むせ返るほどの思想を浴びるために遊んでいるといってもいい。

プレイしてみた結果としては、自分は十分にファミレスを享受できたのではないかと思う。奇妙な名前のドリンクを飲みつつ、一癖どころではない先客たちとの雑談を楽しんでいるうちに、どうやらムーンパレスの住人になってしまっていたようだ。

ところでアドベンチャーゲームというのは、構造上そもそも目立って他作品と異なる特徴を押し出すのは難しいと思っている。画期的なシステムがあるわけではないし、メタ的な表現を持ち出すのは今となっては陳腐化してしまった。結局アドベンチャーゲームの根幹をなすのはテキストにほかならないのだから、ここが濃いゲームが最終的に面白いと感じるのだろう。

そしてそれを彩るフレーバーとして、BGMとビジュアルが存在している。これも本作では成功しているといっていいだろう。複雑な色使いによって描かれた絵でもなく、オーケストラの重厚な演奏でもない。月の黄色と影の青が織りなした光景と、単純ながら温かみを感じるピアノ、あるいはチップチューン。力が程よく抜けたスタイルだからこそ、よりファミレスでの一幕が沁みるのかもしれない。

『ファミレスを享受せよ』とはそんなゲームだ。気負いも覚悟も必要なく、ふらっと起動すればそれでいい。たった数時間にわたる永遠ながら、非常に心地よいゲームだった。ドリンクバーもあることだし。

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