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#小説 「アライグマくんのため息」

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ひょんなことから「でかい手」を持つOLに引き取られることになった、ぬいぐるみ「アライグマくん」の日常を描いた小説。ちょっぴり意地悪な「アライグマくん」が、人間と暮らすことで少しず…
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2022年2月の記事一覧

【小説】アライグマくんのため息 第10話 旅立ち

その日は嫌なほど、空が真っ青に澄み渡っていた。リカは今日イギリスへ行く日だというのに、前日深夜過ぎまで友達と電話でおしゃべりをしていた。そのため、朝からぐったりとしていた。いくら午後の便だとは言え、アホだなぁと思う。 「まったくもう。だから早く寝なさいって言ってたのに。早く支度しなさい。」 リカの出発を見送ろうと、出発の2日前から東京のマンションに来ていたママりん。 「そんなこと言ったって、なかなか話が終わらなかったんだもん。しょうがないじゃない。いいわよ。飛行機の中で

【小説】アライグマくんのため息 第9話おバカ犬の雄叫び

ついに、待ちに待ったリカの受験校からの試験結果が届いた。B5サイズより、ほんの少し小さめの、薄っぺらな茶色い封筒。それは、郵便局の兄ちゃんの、 「こんにちはー。速達でーす。」 という、威勢の良い声とともに届いた。最初にそれを受け取ったのは、「ちび」だった。郵便物を受け取るや否や、「ちび」は、わずか2メートルほどの廊下をバタバタと音を立てて走った。 「リカちゃん!リカちゃん!大学からの手紙だよ!」 息せき切って、興奮している。「ちび」とは対照的に、台所で計算をしていたリ

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜④

その日は朝からどんよりとした雲がたち込めていた。天気のせいか、オレもなんとなく気分が憂鬱になるような感じだった。リカは、朝から落ち込んだ様子で、落ち着きがなかった。オレは、面倒臭いことに巻き込まれるのは嫌なので、リカの目から逃れようと、部屋の隅にこっそり隠れていた。 しかし、こういう時に限って、見つかってしまうもので、リカの 「さあ、出かけるよ。」 という一言とともに、オレはむんずと捕まえられて、リカのバッグに押し込まれた。 (ぐえっ。く、苦しい。しかも、このバッグ、

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜③

留学の準備は、着々と進んでいったが、リカには、この留学計画を進めるにあたって、もう一つ乗り越えなければならない大きな壁があった。 そう、会社を辞めてからのアルバイト先も決め、もう一刻も早く会社に辞表を提出しなければならないはずなのに、リカはなかなかそれをしようとはしなかった。毎日会社から帰ってきては机に向かい、辞表を書こうとしていた。が、どうにもこうにも筆が進まないようで、便箋の一行目に「退職願い」と書いては、その後何も書かず、くしゃくしゃに便箋を丸め、部屋の隅のごみ箱に向

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜②

例によって、一週間に一度の福岡のママりんからの電話がかかってきたときである。いつものように、「ちび」のなっがーい電話の後、リカが電話に出た。 「あ、もしもし?うん、あたし。元気だよ。え?変わったこと?あぁ、そうだ。話そうと思ってたんだけど、あたし、来月付で会社辞めるから。」 リカが言い終えないうちに、耳かきに専念していた「ちび」が突然、 「えぇー!!!うっそー!あたし聞いてないよ!どうして、どうして、リカちゃん、なんかあった?」 と大声を上げた。おそらく電話の向こうに

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜①

その日の朝は、大雨と雷に起こされるという、変な1日の始まりであった。稲妻は、これでもかというほど、ぴかぴかと景気よく光り、雷の音はものすごく大きく、マンションが揺れるほどであった。 「デリケート」なオレ様は、この雷の音ですっかり眠れなくなってしまい、朝の4時から目がすっかり覚めてしまった。 断っておくが、オレは、雷を怖がるほど、臆病ではない。オレは強いのだ。ただちょっと、あのぴかっと光っておいて、終わったかと思いきや、ちょっと遅れて、まるで脅かすようにゴロゴロとなる音が、

【小説】アライグマくんのため息 第7話クリスマスと大晦日

ある晩、オレ様が、リカのパソコンでこっそりと遊んでいると、どこからともなく、スーッと何かがやってきた。 「ぎやぁー!!!お化けー!!!」 オレは飛び上がって、大声を上げた。よく見ると、リカではないか…。 (でかいやつだから、いつもならすぐわかるのに、今日は全く気配すらしなかった。なんでだ?) 「おい!お前よぅ。びっくりすんじゃねぇか。ちゃんと電気つけて、『ただいま』くらい言えよ!」 とオレは叫んだが、まったく見えていないようだった。なんだか様子が変だ。確かに変わった