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#小説 「アライグマくんのため息」

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ひょんなことから「でかい手」を持つOLに引き取られることになった、ぬいぐるみ「アライグマくん」の日常を描いた小説。ちょっぴり意地悪な「アライグマくん」が、人間と暮らすことで少しず…
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【小説】アライグマくんのため息 第10話 旅立ち

その日は嫌なほど、空が真っ青に澄み渡っていた。リカは今日イギリスへ行く日だというのに、前日深夜過ぎまで友達と電話でおしゃべりをしていた。そのため、朝からぐったりとしていた。いくら午後の便だとは言え、アホだなぁと思う。 「まったくもう。だから早く寝なさいって言ってたのに。早く支度しなさい。」 リカの出発を見送ろうと、出発の2日前から東京のマンションに来ていたママりん。 「そんなこと言ったって、なかなか話が終わらなかったんだもん。しょうがないじゃない。いいわよ。飛行機の中で

【小説】アライグマくんのため息 第9話おバカ犬の雄叫び

ついに、待ちに待ったリカの受験校からの試験結果が届いた。B5サイズより、ほんの少し小さめの、薄っぺらな茶色い封筒。それは、郵便局の兄ちゃんの、 「こんにちはー。速達でーす。」 という、威勢の良い声とともに届いた。最初にそれを受け取ったのは、「ちび」だった。郵便物を受け取るや否や、「ちび」は、わずか2メートルほどの廊下をバタバタと音を立てて走った。 「リカちゃん!リカちゃん!大学からの手紙だよ!」 息せき切って、興奮している。「ちび」とは対照的に、台所で計算をしていたリ

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜④

その日は朝からどんよりとした雲がたち込めていた。天気のせいか、オレもなんとなく気分が憂鬱になるような感じだった。リカは、朝から落ち込んだ様子で、落ち着きがなかった。オレは、面倒臭いことに巻き込まれるのは嫌なので、リカの目から逃れようと、部屋の隅にこっそり隠れていた。 しかし、こういう時に限って、見つかってしまうもので、リカの 「さあ、出かけるよ。」 という一言とともに、オレはむんずと捕まえられて、リカのバッグに押し込まれた。 (ぐえっ。く、苦しい。しかも、このバッグ、

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜③

留学の準備は、着々と進んでいったが、リカには、この留学計画を進めるにあたって、もう一つ乗り越えなければならない大きな壁があった。 そう、会社を辞めてからのアルバイト先も決め、もう一刻も早く会社に辞表を提出しなければならないはずなのに、リカはなかなかそれをしようとはしなかった。毎日会社から帰ってきては机に向かい、辞表を書こうとしていた。が、どうにもこうにも筆が進まないようで、便箋の一行目に「退職願い」と書いては、その後何も書かず、くしゃくしゃに便箋を丸め、部屋の隅のごみ箱に向

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜②

例によって、一週間に一度の福岡のママりんからの電話がかかってきたときである。いつものように、「ちび」のなっがーい電話の後、リカが電話に出た。 「あ、もしもし?うん、あたし。元気だよ。え?変わったこと?あぁ、そうだ。話そうと思ってたんだけど、あたし、来月付で会社辞めるから。」 リカが言い終えないうちに、耳かきに専念していた「ちび」が突然、 「えぇー!!!うっそー!あたし聞いてないよ!どうして、どうして、リカちゃん、なんかあった?」 と大声を上げた。おそらく電話の向こうに

【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜①

その日の朝は、大雨と雷に起こされるという、変な1日の始まりであった。稲妻は、これでもかというほど、ぴかぴかと景気よく光り、雷の音はものすごく大きく、マンションが揺れるほどであった。 「デリケート」なオレ様は、この雷の音ですっかり眠れなくなってしまい、朝の4時から目がすっかり覚めてしまった。 断っておくが、オレは、雷を怖がるほど、臆病ではない。オレは強いのだ。ただちょっと、あのぴかっと光っておいて、終わったかと思いきや、ちょっと遅れて、まるで脅かすようにゴロゴロとなる音が、

【小説】アライグマくんのため息 第7話クリスマスと大晦日

ある晩、オレ様が、リカのパソコンでこっそりと遊んでいると、どこからともなく、スーッと何かがやってきた。 「ぎやぁー!!!お化けー!!!」 オレは飛び上がって、大声を上げた。よく見ると、リカではないか…。 (でかいやつだから、いつもならすぐわかるのに、今日は全く気配すらしなかった。なんでだ?) 「おい!お前よぅ。びっくりすんじゃねぇか。ちゃんと電気つけて、『ただいま』くらい言えよ!」 とオレは叫んだが、まったく見えていないようだった。なんだか様子が変だ。確かに変わった

【小説】アライグマくんのため息 第6話 不気味な「小包み」

リカの家に来てから、三度目の冬が来たある日。リカは小口の野郎と二回目のクリスマスをどう過ごそうかと、ミーハー雑誌とにらめっこしていた。その晩、いつものように、小口の野郎から、電話がかかってきた。 「あ、もしもし、あたし、うん・・・(中略)え?なっ、何?えっ?プレゼントって?えー!びっくりするもの?えーなんだろう・・・?」 妙にうれしそうである。へらへらしていて気持ち悪い。なんとなく憎らしいと思うのは、なんでだろう。どうして人間っていう野郎は、こう、恋人同士というものの会話

【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」③

「ごめんね~、小口くん♡販売機がすっごい混んでいて、なかなか買えなかったの。ごめんね。」 リカがバタバタと音を立てながら走って戻ってきた。 「ああ、いいよ。そんな気にしなくて。」 と、小口の野郎は、何事もなかったかのように、平然とリカの弁当を食べ始めた。俺は、これがあの伝説の「ぬいぐるにん」だろうかとなんだか信じられず、ぽかんと小口の野郎を眺めていた。すると、小口の野郎が、 「そんなに食いたいのか?」 と、弁当のおかずをオレにあげるふりをした。 「やだぁ、小口くん

【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」②

目的地に着くまで、オレは、リカのお手製のお弁当とともにリュックサックの中で、ゴロゴロと転げまわる羽目になった。一体奴らはどこを走っているのだろう?車がやけに揺れるのだ。そのたびに、リカのリュックサックが上下左右に揺れるもんだから、たまったもんじゃない。くそぅ。こんなことなら、家でのんびりくつろいでいればよかった。 そんなことを思いながらも、退屈しのぎに俺は、「小口くん」とリカの会話を盗み聞きしようと試みた。が、聞こえてくるのはリカの、いつもより少し高いトーンで話す声ばかり。

【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」①

これ以上晴れようもないだろうといえるほど、えらくお天気の良い春の日。「リカ」は、初めての恋人となった、「小口くん」とドライブに出かけることになった。 「あー、もうどうしよう。えーっと、どれ着ていこうかな。ねぇ、まみちゃん、これにあっているかなぁ?」と、リカは、部屋中に洋服という洋服をあちこちにおいて、鏡の前でとっかえひっかえ着替えてはうなっていた。 「知らないわよ。だから前の日に考えておきなさいって、あれほど言ったのに。いいんじゃない、このワンピで。かわいいし、汚れても目

【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」④

「ただいまー。ふぅ・・・。」 (お、リカが帰って来た!!!) ぬいぐるみのオレ様の主人=リカ。帰って来た早々ため息をつく。 (うーん、これは何かあったに違いない…。オレを今朝いじめた罰だ、ざまぁみろ、へへ) オレは、今朝のリカの仕打ちを思い出してほくそ笑んだ。 「リカちゃん。デート、どうだった?楽しかった?」 リカの姉、「ちび」は、好奇心いっぱいのキラキラした目でリカの顔を覗き込んだ。 「それがね・・・最悪だったのよ。あのね・・・」 リカは、ダムでせき止められ

【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」⑤

自分が背が高いことにコンプレックスを持ち、短所だと決めつけてたリカ。そんなリカの身長のことを、「長所」で「魅力的」だと褒めた男がいた。リカの友人の軽上(きんじょう)だ。 軽上は、リカとは中学校以来の友人で、リカのよき理解者であった。正確に言うとリカの初恋の相手であった。よせばいいのにリカはそいつのことを6年以上も思い続け、最近振られたばかりである。 オレは軽上とは一度もあったことはないが、話によれば、身長はリカよりも相当低かったらしい…。普通の男の子はリカが横に並ぶと自分

【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」③

デートをOKしてからというもの、その「デートの日」までの数日間、リカはまさに「夢見る夢子ちゃん」そのものであった。毎晩、毎晩、リカはオレに向かって、「むっつり君」と、今までどんな話をしたのか、どういう風にして「むっつり君」がリカに対して接してきたか等々、数少なーいエピソードを、繰り返し繰り返し、布団に入ってオレの頭をなでながら、オレに語り掛けるのだった。 「ねぇ、アライグマくん、どうしよう、どうしよう。どう思う?」 (むぎゅっ)と言っては、オレを抱きしめるのだった。 (