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辞めた人の話

私が外資系のIT企業に勤め始めてから10年程経ち、その中でいろいろな会社で勤めたが共通することは「人の出入りが激しい」ということだ。
一部の超大企業を除いて外資系IT企業のほとんどは中途採用された社員で構成されており、入社から1年未満で辞めてしまうのはさすがに「短かったね」「すぐ辞めたね」というイメージを持たれるが、3年も居ればそれが「まぁそろそろキャリアを考える頃だよね」となる。そんな業界だ。

なのでよっぽど自分の仕事でお世話になっている人でないと同僚の誰が退職しようが、正直何も驚かなくなる。驚きもしないし同じ業界であればどこかでばったり会ったり、何なら数年後自分が転職した先でまた同僚になったりするのでいちいち一喜一憂していられなくなる。

昨年末のその日もある社員の最終出社日だった。40代男性、Aさんとしよう。Aさんとは普段仕事の関わりは全くなく、イベントで同じブースの係になったのが1番の思い出だ。そのあとは飲みの席で一度同席したくらいでその日も恐らく8人くらいいた。これでわかると思うがもちろんそれもコロナ禍の前、もう2年以上前になる。
Aさんの最終出社日は珍しくオフィスに人が集まっていて、ドアの前でもじもじとしているAさんを見つけたのは私だった。辞めることはもう周知されており、パソコンなどを返しに来たんだなと一目でわかった。

「Aさん、あっちにみんないますよ」
「いや、気まずいよ。カード返しちゃったし・・・」
ぱっと見いかつい風貌だが彼が繊細な人であることはみんな知っていた。
「何言ってるんですか、みんなAさんに会いたいですよ」
と強引に私の社員証でドアを開けてAさんを部屋に通した。

「おお、Aさん」
「今日が最終出社日ですか?」
「お世話になりました」
と温かい言葉でAさんがその場に迎えられたのを見届けて、私はバタバタと別の会議室を目指した。

いつ自分が去る身になるかわからないので去る者に優しいのも、この業界のいいところなのかもしれない。

一通りのバタバタが終わり、自席に戻るとAさんから声をかけられた。
「どう、最近。元気?」
一日バタバタと営業モードだったのでその流れで
「元気です。案件も増えてきてますし、やることも多いですけど」
というようなことをいったんだと思う。
「そっか。無理しないで。会社はうちだけじゃないし、世界は広いから」
と言われて、ああこの人は私がしばらく休んでいたこともきっと知っているのだろう。私が弱いことも知っているのだろうと悟り、言葉に詰まった。

私が休職し復帰したのは全てコロナ禍の出来事で、ほぼ全員が在宅勤務だったこともあり私が休んでいたことすら知らない人が沢山いる状態が気楽ではあった。

そんな人たちを含めて周りに他の社員がいる手前どう答えたらいいかわからずせめてちゃんと「ありがとうございます。」と返せていたらいいなと願うが、記憶は曖昧である。

仕事と体調がつらかった年末、ふと「世界は広いから」と言ってくれたことを思い出して涙ぐんだりした。

今日もこのことを他の同僚に話しながらやっぱり目の奥が熱くなり、記憶がさらに薄れてしまう前に文章に残したくなって今このnoteを書いている。

Aさんとはきっとまたどこかで会うだろうと願って、私はもう少しこの広い世界の中でこの仕事を頑張ってみようと思う。

お読み頂きありがとうございます。最近またポツポツとnoteを上げています。みなさまのサポートが私のモチベーションとなり、コーヒー代になり、またnoteが増えるかもしれません。