見出し画像

シリーズ:入管の数字マジック?vol.1

このシリーズは、現在、国会に提出されている入管法改正法案の審理の前提となる数字、統計が入管から提出されておらず、採決が強行されたことに危機感を持って、書き始めたものです。

賛成派にも、反対派にも利益のある話です。命のかかった大切な法案だからこそ、吟味されるべきです。


第1回 「送還忌避者」や仮放免者は犯罪者予備軍!?(モラルパニックの正体)

1 法案賛成派の意見から

Twitter発信を続けていたところ、法案賛成の方からも色々とご意見やリアクションを頂きました。

①入管法違反(オーバーステイや偽造パスポート入国)である時点で即送還すべき、という意見。

②強制送還を拒んでいる人(余りこの表現は好きでは無いのですが分かりやすく、「送還忌避者」といいます。)の中には、嘘を付いている人や犯罪を犯す人もいて危ないし、保護されるべき人は3回も審査すれば、さすがに保護されるから、残りの人は送還されても仕方ないのではないか、という意見。

今日は、②のうち、「犯罪を犯す人もいて危ないし」部分について、考えたいと思います。

なぜなら、これが入管が「難民申請3回で送還ルール」で送還忌避者を一掃する理由にしていることだからです。

2 産経新聞 2023年4月5日のWebニュースの衝撃

こちらの産経新聞の独自記事をご覧になったとき、不安な気持ちになった方もいらっしゃったと思います。

https://www.sankei.com/article/20230405-H5CTPTFOCRO7HBXIYVLFSUGPW4/

結構衝撃的な記事ですよね。

見出しは「仮放免中の逮捕361人 昨年、殺人未遂や違法薬物も」

見出しの次には、目立つ表で

「仮放免中の外国人が逮捕・起訴された主な例」が目に飛び込んできます。

「被害者の腹などを刃物で刺したとして逮捕起訴」
「無免許運転で信号無視をして人身事故を起こした上、覚醒剤などを所持し、懲役3年2月の実刑判決」

何という、重大犯罪なんだ、と思って当然です。

その後、逮捕者が361人に上ったと書かれると、先ほどの重大犯罪のイメージが踏襲され、読者には緊張感が走るでしょう。

そして、「ある仮放免者」2人の、逮捕後、難民申請をして送還を免れた等のエピソードなどに紙面が裂かれる。

難民申請者の中には、犯罪者がおり、送還を免れている。読者の印象に残るでしょう。

3 入管の数字のマジック?を考える

私は、この記事に書かれた事実関係について、争うものではありません。

ただし、次の点に注意して読み込むべきだと思います。

【記事を読むポイント】

①記事で紹介された事例は、361件の、5件(全体の約1.4%)

②残り356人の逮捕の理由やそれぞれの罪の人数の内訳は不明。例:殺人未遂犯が何件など。

③「逮捕」件数であって、「起訴」、「実刑判決」の件数ではないこと。それぞれの内訳は不明。

②と③について、少し補足します。

まず、②について。

この記事の事案として取り上げられた5件以外にどんな犯罪があったのか、それぞれが何件だったのかが分かりません。重大犯罪と呼ばれるものの割合、そして軽微な犯罪はどれくらいの割合なのか。

軽微な犯罪の例を挙げます。

例えば、仮放免者の人は、収容施設外で生活することを許可された人たちですが、在留資格はありません。

つまり、不法残留状態なので、不法残留罪という罪で逮捕が可能です。
在留カードという身分証の代わりに、仮放免許可証という紙を持ち歩くのですが、うっかり家に忘れて街中で職質されたら、説明ができず、逮捕される場合もあります。その後、処分保留で釈放されたり、不起訴になったり、つまりお咎めなしということもあるのですが、これも「逮捕数」に加えることが可能です。

仮放免者の不法残留による逮捕は、支援者の間で問題とされているのですが、一体何人なのか、数字を握っているのは入管です。

361人中、不法残留による逮捕者は何人含まれるのか、是非とも入管には、統計を出して欲しいと思います。

次に③について。*1

逮捕される=犯罪者、と思いがちですが、本当に有罪なのかは逮捕段階では決まっていません。

逮捕→起訴→有罪判決(執行猶予か実刑か)という流れを経て、その逮捕が本当に「犯罪」だったのかが分かります。

ところが、この記事の数字は、あくまでも「逮捕者数」であって、起訴、有罪・無罪の別、執行猶予が付いたのかどうか不明なのです。

逮捕者数=犯罪者の数では、ないのです。

そんな視点から、もう一度、この記事を読んでみて頂けたら、幸いです。

(文末の*1の部分も、ぜひ読んでください。)

4 最後に〜モラル・パニックの正体〜

「モラル・パニック」という言葉があります。

(私はこちらの記事で知りました。*2https://webronza.asahi.com/national/articles/2021122700003.html?page=5

この記事の5頁目には、

「特定のグループの人々を「社会に脅威を与える存在」と見なし、多数の人々が激しい怒りや侮蔑などの負の感情をぶつける現象は、「モラル・パニック」と呼ばれている。「モラル・パニック」において、攻撃の対象となるグループには「不法」、「犯罪」、「逸脱」といったレッテルが貼られる傾向がある。」

2021年12月28日論座 稲葉剛
『入管庁はまだこんな使い古された手口を使うのか~「排除ありき」の政策押し通す印象操作
2022年は「モラル・パニック」の扇動に警戒を―人権がこれ以上侵害されぬように』

と定義が書かれています。

「逮捕された仮放免者がいる。」

「殺人未遂を犯した仮放免者がいる。」

でもそれは、「仮放免者だから、犯罪を犯した」と一般化できるものではないはずです。

私たちは、今、一度立ち止まって、この社会の不安を俯瞰して見る時なのではないでしょうか。

長文なのに、ここまで読んで下さった方、皆様に、心からお礼申し上げます。


シリーズ第2回も、頑張って書きますので、この記事が参考になりましたら、いいねや拡散をお願いします。


※この記事は髙橋済弁護士に監修いただきました。ありがとうございました。

弁護士 西山 温子

*1 入管の「逮捕数」を疑うべきなのは、過去に以下の顛末があったからです。
 2019年10月1日公表の「送還忌避者の実態について」という資料の中で、「被退令仮放免者が関与した社会的耳目を集めた事件」として記載されたケースについて、国会質疑において「判決結果を反映した数字になっていない」(=逮捕されたことしか分からず、犯罪として有罪判決を受けたか分からない。)趣旨の質問がなされたところ、殺人未遂、公務執行妨害罪、銃刀法違反で逮捕されたケース(特にインパクトのある事例ですよね。)についての裁判の結果が、

殺人未遂→無罪
公務執行妨害→無罪
銃刀法違反→有罪(執行猶予付きの懲役刑)

という結果だったと判明しました。慌てて入管は、ホームページでの公開を停止。お詫び文を掲載する事態になりました。お詫び文には「今後このような公表を行う場合には、判決結果等を踏まえて行なってまいります。」と結ばれているのですが、その後も議員宛の資料に「仮放免中の逮捕事案」という集計結果を記載し、再び指摘を受けても「逮捕後の刑事手続の状況についてお尋ねのような確認を行なっていない。」と答弁しました。
そして、今回の産経へのリーク。なるほど取り上げた事案については、判決結果や起訴されたかどうかも併せて書いていますが、見出しの「逮捕者361人」は、相変わらず逮捕者の数字でしかないのです。
こういうことをしてくるので、入管が出してくる数字や事例には、よくよく注意する必要があるのです。

*2
ご紹介した、稲葉剛さんのURLは、プラットホームの論座の終了の関係で将来消えてしまうこと、途中からは有料会員のみ確認のできる記事であることのご指摘を頂きました(児玉弁護士、ありがとうございました。)
稲葉剛さんは、過去の記事をご自身のHPでおまとめになっているとのことで、そちらのURLを併記させて頂きます。

※記事で取り上げられていた事案の全体数の割合の数字に誤りがあったため、修正しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?