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中世の彩飾写本・コレクターの情熱【国立西洋美術館】

上野の国立西洋美術館にて
内藤コレクション「写本 - いとも優雅なる中世の小宇宙」を見てきました。

内藤コレクションと美しき1枚物の世界

内藤コレクションは、医学のプロフェショナルである内藤裕史氏(筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授)が、数十年に渡り個人で蒐集された西洋中世の写本零葉のコレクションです。2016年にまとめて国立西洋美術館に寄贈されました。

零葉とは、綴じられていた写本の各ページをばらした1枚物(リーフ)を指します。

活版印刷が世に出る以前、人々が手で書き写した聖書や時祷書、詩集などの断片が、いま描きあげられたかのような鮮やかさで小さな紙面にぎゅっと詰め込まれていました。

ジョヴァンニ・ディ・アントニオ・ダ・ボローニャ(彩飾) 《典礼用詩篇集零葉》イタリア、ボローニャ 1425-50年 彩色、インク、金/獣皮紙 内藤コレクション 国立西洋美術館


文字と絵がせめぎ合う職人技の数々。なんとなく、重箱にぴしっと詰められたおせち料理の彩や、米粒にほどこされた絵を愛でる日本人の志向とも相性が良さそうです。

一部の作品では中世ゴシックらしい奇怪な可愛らしさが光る点も、日常に潜む異界と上手く付き合ってきた日本人には人気が出そうと感じました。

上記零葉の部分拡大図

作品選と情熱あふれるエッセイ

作品選「文字と絵の小宇宙」(左)
単行本エッセイ「ザ・コレクター 中世彩飾写本蒐集物語り」(右)

「小宇宙」約150点にすっかり魅せられ、作品選を購入しました。

図録購入は、「美しい装丁とページを繰るたびに訪れる喜び 」vs 「引越しで大量に処分した苦い記憶」の戦いです。

大抵、新たな喜びが勝って財布の紐が緩みます。

さらに、作品選の隣に積まれた内藤氏のエッセイ。コレクションの開始から寄贈に至る30年間の物語と聞いたら読まずにいられません。

ネットで検索したところ、在庫なしか中古で1万円以上!ということでこちらも購入を即決。

このエッセイ、企画展と同等以上に素晴らしい。

読み始めた途端、自身がパリの古本屋に吊るされた写本リーフの1枚1枚を手に取って吟味しているかのごとく引き込まれました。

ばらされて初めて美しさが万人のものとなる

内藤裕史. ザ・コレクター 中世彩飾写本蒐集物語り. 新潮社, 2022, p44

貴重な文化財である完本は世界中の図書館、美術館で手厚く管理され、一般の目に触れることはほとんどないそうです。

機会があっても完本の見開き2枚分しか展示できなかったり、分厚い本の背を傷めないよう45度ほどしか開かれなかったりと制約が多いよう。見るというより「覗く」に近いそうです。

しかし、ばらされることで人目に触れ、個人の所有も可能となる。なんとも夢があります。

エッセイ内で、まだ見ぬ写本を求めて各地の古書店、美術館、図書館から修道院まで巡りつつ、蒐集家としてネットワークを築く内藤氏の姿は知性と情熱そのもの。職業として美術の研究家ではないことに最後まで驚きを隠せません。 

散らばった美しい葉を1枚ずつ丁寧に集めて楽しみ、最後はドンと公益に帰す。コレクターの鑑です。

展覧会で作品を食い入るように見つめる若い人々の姿に、内藤氏の寄贈が今後の日本の美術界をどれほど豊かにするのか見たような気がしました。

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展覧会は8/25(日)で終了しますが、所蔵品の一部として頻繁に展示されることを祈っています。

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