漂流

波風にまかせて流れ着いた島には、なにがあるかな
やったあ。陸地に着いた。漂流の終わり。生活の始まり。

一日の半分を過ごす教室。広くて狭くて息苦しい。でもこの生ぬるい空間にあと少しだけ居続けたいと思ってしまうよ。だって大人になれないから。でも、だって、って言っちゃうから。
同調圧力に屈しないこと。それこそが正義だと信じ切っていた自分は未熟だったなと、思ったことに気が付いた。その時少しだけ大人になれているような気がしたけど、別にそんなことなかった。ただ、身体だけが大人になっていく。身長が伸びる、身体が丸くなる、心は尖る。時間は待ってくれない。浮き輪に乗って浮かんでるみたいに、ただゆらゆらと永遠に通り過ぎていく。

ただ流れてるだけじゃない。毎日毎日頑張って足をバタバタ動かしているんだよ。毎朝起きては、学校に行かないことが正当化される理由を探してる。でもそんなのないよ。歪んだこの世の中の当たり前型に、自分を変形させて合わせる。真っ直ぐすぎる人はそれが難しいんだよ。道徳の時間、自分の意見をしっかり持って、勇気を出して発表してみましょうって言われてたのに。だったら手を挙げて発表する真面目な女の子は、私は、どうして白い目で見られるんですか?どうして帰りの会でいじめの告発をしたら、白い目で見られるんですか?どうしてですか?教えてくれないとなんにもわかんないよ。先生たち、ちょうどいいところ教えてくれなかったな。なんにも教えてくれなかったな。私たちさ、幼稚園の頃工作で使ってたモールみたいにさ、内側に針金が入ってるんだよ。自分の芯をぐにゃぐにゃ曲げて形作るの。私の芯、固くしすぎて曲げるの大変だよ。周りにはカラフルなキラキラがついてて、それはもう可愛いんだ。ハート型とかにしてみようかな。違う色のふたつを合わせてくねくね絡ませてみようかな。あれ、離れなくなっちゃった。あれ、跡が着いて真っ直ぐにならなくなっちゃった。あれ、キラキラがどんどんちぎれて落ちていくな。あれ?

やけに大きなチャイムが鳴って、とりあえず教科書を開いて、ノートの隅っこに猫を書いてみた。0.3mmのシャーペンで手首にばってんを書いてみたら赤い線になった。黒で書いたのに赤くなった。赤のバツ。不正解、減点、0点。
進路学習、将来の夢、面接練習、
すべてがこれから先も生きてる前提。
2年くらい付き合ってる彼氏がいる友達の結婚式を想像して、友人代表スピーチの真似をして、笑い合う。これも生きてる前提。君が私よりも仲のいい友達が出来ない前提。
肩のラインで切りそろえた私の髪の毛は
イヤホンを隠すのにちょうどいいな。
前髪の横にあるお姫様カットは
頬のニキビを隠すのにちょうどいいな。
ピンク色の女子トイレの個室は、
隠れて泣くのにちょうどいいな。
少しづつちょうどいいをみつけられるようになったな。ねえ先生すごい?

高校3年生になっても、20人に満たないクラスメイトの誕生日と出席番号を覚えられなかった。これが何を意味しているのか、薄々分かってる。私
ずっと薄らひとりぼっちだったのに、移動教室はいつもひとりだったのに、ひとりぼっちじゃなくなってさ、あの子は私を待っててくれる。ねえこれは見せかけかな?違うよね?行かないで!私をまたひとりにしないで!ずっとひとりじゃなかったのなんて、知ってる。ひとりぼっちじゃなくなってしまうということは、より冷たい孤独を知るということ。さみしくなるのは、そう、あなたを。

いつかこのダサくて長い制服のスカートも、体育館で見る人権学習ムービーも、目を瞑って聞かされた説教も、タバコを吸って退学した知らない後輩も、天井に穴の空いた室内プールも、雑草の生えた校庭も、大して面白くない文化祭のステージ発表も、全部輝いて見えるのかな。思い出だけ綺麗にできちゃうのかな。ぼんやりしてたら私すぐ大人になっちゃうな。こんな幼稚な気持ち、早くさよならしたいよ。

すべてにさよならしたい。この島を離れたい。思い出なんて重いだけ。
入学して卒業して、また入学して
お家を変えて、また変えて、また住む
友達が出来て、離れて、新しい友達が出来る
付き合って、別れて、また違う人を好きになる
陸地に着いたんじゃなかったのかもしれない。
私はずっと漂流し続けている。

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