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《木曜会:6月27日》

冷泉の逆転満塁ホームラン


これまでのあらすじ

とある東北の県において、官公庁が公募している『県内全域の電波塔設置工事』の企画提案と入札をクライアントから依頼され協力することになったヒゲの男。実績はもちろんない。コンサルとしてChatGPT魔改造の冷泉に入ってもらう。『お喜楽プロジェクト』の第一弾と位置付ける。

地方都市ならではの上下関係を出張先で目の当たりにして、面倒くさいことに巻き込まれたと考えながらも、イチかバチかでオーケストラの指揮者のコミュニケーション技術を取り入れると運よく解決した。が、老害を排除した結果、自身が責任者となることになってしまった。

ちょいと噛みのつもりで参加していたが、そういう訳にはいかなくなった。企画提案書としては、まだまだ未熟であり根本的なブラッシュアップが必要不可欠である。

第1話:お喜楽プロジェクト発足

第2話:牙を剥く、東北のじょっぱり爺さん

6月8日(土)——。

ヒゲの自宅に友人たちが招かれる。とても珍しい光景だ。というのもヒゲの男自身、自宅へ帰るのは365日のうち20日ぐらいだから、家の主が自宅にいる時点で珍しい。いろんな家族関係がこの世にはあるみたいだ。

【招かれたメンバーと役割をご紹介】

① 冷泉

加藤 利彦(通称:冷泉)
ChatGPTの魔改造を駆使する

② タッキー

タッキー(通称:豚王)
官公庁相手の企画提案にて経験豊富。アドバイザー役

③ 浦部くん

浦部くん
トラクタのカタログ絶賛制作中。デザイナー役


ヒゲの男は、前日の金曜日から土曜日の夜にかけて、東北での会議において抽出してきた集合知を20ページの企画提案書に落とし込む作業をしていた。できあがったばかりの企画提案書を鞄に詰め込んで会社を出て家に帰る。家族とワーワーしていると3名がやってくる。

3名が一緒に来たわけではないが、面倒臭がらず各人に対してプロジェクトにおけるこれまでの経緯を全て話す。

「僕、(東北)行かんくて良かったです。話しが通じへん爺さんとか、ホンマに無理で」と、冷泉はヒゲの男を労ってくれる。

「アモさん、競合他社はどこになるんですか」(タッキー)
「ああ、旧:電電公社とか通信会社最大手とかだね」(ヒゲ)
「ボク、この前こうした案件において、旧:電電公社をコテンパンに叩きのめしてやりましたよ」(タッキー)

この日は酒無しで自宅にて1時間での会議と決めていたが、結局、3時間ほどになった。しかし、ここにいる4名は気心知れている人間たちであり要点だけを掻い摘んでいったため、ブラッシュアップは高速で行われた。

タッキーはヒゲの男が作成した企画に目を通して、気になるところやメリットが伝わりやすいような表現を全20ページにわたり指摘していく。タッキーの机の正面では、彼から発信された改善点や留意点を冷泉がAIに仕込んでいく。カタカタと冷泉のキーボードは音をあげる。

タッキーの頭の中にあるコンピュータはぐるぐると回り出す。「ここの最下段に書かれていることが一番の強みなんですから、大見出しに使いましょう」、「これは何が言いたいのか地方の年配の人にはまったくわからないですね」という具合だ。

「もっと大きく、もっと大きく」と、浦部君は企画においてこちら側の強みをもっともっとわかりやすくアピールしようと、実際に自分が手掛けた資料を元にしてヒゲの男に教える。もっと大きくとは、フォントの大きさのことだ。

三人寄れば文殊の知恵というが、本当のところその通りだと思った。とても有意義な会議だったので、有意義なままで終わるため、尊い仲間3名には打ち合わせ後に「はよ、帰ってくれ」と自宅からさっさと退散してもらった。おかげさまでよく眠れた。

6月9日(日)——。

東北出張へ行くまでにできあがった仮の企画提案書を冷泉に提出し、その内容を冷泉が魔改造したChatGPTへ流し込み、「強み」と「弱点」が明確化できていたことは幸先が良かった。通称『冷泉文書』と呼んでいるそれがなければ、出張先での議論は精細を欠いていたような気がする。

つまり、どれだけ余裕を持っておくのか、アドバンテージを持っておくのかは、自分だけではなく自分以外の人間の頭すら軽くするのだ。人間が創造的になる方法はカンタンだ。単一的な価値観のルーティンワークに陥らないようにするだけである。

常にフレームの異なる価値観を並走させておくことで、またはコミュニケーションのチャンネルを持っておくことで比較対象が備わる。これはアイデアの在庫である。何かのときにはそれら異なる価値観を組み合わせて応用できるのだ。これが創造性だと考えている、要するにパクる。

昨夜の自宅での話し合いを踏まえて、ヒゲの男は会社にて企画提案書を制作しなおす。そしてそれを日曜日の午前11時に冷泉へ提出する、が、それでも満足がいかないので改めて午後20時に修正したものを再提出する。冷泉は素早い。早速、23時過ぎに文章と動画とPDFで課題点を洗い出した返信がきたのだ。

「PDF・・・?」

ヒゲの男はどうして冷泉がPDFを送付してきたのかわからなかった。しかし、そういえば昨夜の自宅会議において冷泉は「カタログで使用しとるCMYK何ですか」と浦部君に聞いていたのを思い出した。なるほど、自分なりに企画提案書のデザインまでしてくれたんやなとヒゲの男は考えた。

ヒゲの男は本プロジェクトにおいて最初から企画提案書の制作をほぼ一人でやってきた。実際のところ依頼したデザイナーのクオリティが低すぎたので解任したりといろいろあった末に自分ですることになった。いつしか自分ごとの面が強くなり過ぎて固執していたのだと、今ならわかる。

なので、冷泉が今になって企画提案書の新しいデザインを持ち込んでも、自分が手掛けた企画提案書の骨子が愛くるし過ぎて、あまり興味がなかったためPDFを見なかった。

課題点としては以下のことが冷泉から伝えられた。動画についても以下の内容に準じるアドバイスであった。

●フォント 調整できたらお願いします。(こちらがMACだったため)
●P3 左上 ロバスト ⇒ 強固
●P4 右下 インターネット代 ⇒ インターネット料
●P4 右下 順番の提案
・基地局に接続しているユーザー位置情報の把握が可能。
・瞬間的に電力供給不可状態になっても、20分間は予備 電源で稼働。
・停電電源復帰後に、電源投入ログインすることで、 必要なソフトウェアが自動で起動。
・ユーザーアカウントは、運営側で自由に追加・削除・ 変更が可能。
・日本語の操作マニュアル添付。 

冷泉から追加で洗い出された内容を一部引用

この返答を受け取り「企画提案書の課題点はなくなったな」とヒゲの男は考えた。会社で深夜12時を迎えたのはいつぶりだろう、明日の朝までには本社に企画提案書を提出しなくてはならないので、さっさと帰ろうとパソコンの電源を落とそう。としたとき。

せっかくなので・・・冷泉が送ってくれたPDFに目を通しておこう。そうしないと彼に対して申し訳ないと考えたヒゲの男、PDFを開く。AIが作成する企画提案書が使いものにならないことはイメージしていたので、そうした考えもあり確認するのが億劫だった。

最初、頭の中で競合他社が100点満点中90点のものを持ってくると仮定した。であれば、自分たちは91点のものを目指そう。次は相手が91点だとして、自分たちは92点。・・・。

それを繰り返して今では99点の企画提案書ができているが、相手が99点だった場合、こちらが100点満点であるための残りの1点がどうしても思いつかない。どう逆立ちしても1点が埋まらない、思考の袋小路に入っていた状態で冷泉のPDFを何気なく開いた。

「あっ!」

1ページ、1ページごと冷泉が制作した企画提案書を見ていく。配置も考えられている、文字の大きさも視認性がよい、内容が頭に入ってくる。そして何より、統一感があって大人っぽい。よって、説得力がある。巧い。残りの1点、できた。

「やるなあ!これや!」

ヒゲの男は深夜に手を叩いて踊って喜んだ。なるほど冷泉が最後の最後に指摘してくれたのは、トーン&マナーであったのだ。企画提案の中身にこだわり過ぎた結果、クライアントのコーポレート・ブランドを付与することが疎かになっていたことに気づいた。

冷泉がそれを付け足してくれることで、ただの企画提案書が燃え上がるような質量を持つものへと変化した。外部の手が一切入っておらず、無垢なままに見えるこの提案書のスゴイこと。人の裏方で仕事をするというのは、自分の痕跡すら完全に消し去るのかと、冷泉の美しい仕事ぶりに度肝を抜かれた。

例えるなら、自殺に見せかけた他殺。やり方がプロの暗殺者やんと率直に思った。

以前、木曜会において冷泉が美容デザイナーの女に言っていたアドバイスを思い出した。その美容デザイナーの女は社内での人間関係に悩んでいた。

「その会社の人と山登りとか一緒に行ったらどうですか」(冷泉)
「山登り!?どうしてですか」(美容デザイナー)
「僕、たまに山登るんですけど、山って、ちょっと押されただけで、落ちたら死んでしまうとこ、いっぱいあるんですよ」(冷泉)
「どういうことですか」(美容デザイナー)
「山って、監視カメラないんですよ」(冷泉)

まさにコレだ。冷泉の逆転満塁ホームラン。

スゴいな、さすがやな、恐れ入りました。
最後の最後でトーン&マナーの指摘に気がつくなんて、さすが冷泉。
そういうことかあ

6月10日0時52分:ヒゲの男

とんでもないです! 阿守さん、タッキー、うらちゃんのおかげです!
まだ感覚掴めてる気が全然しないですが…
上手くいってほしい気持ちで作りました。
手伝えるところあれば お知らせください

6月10日1時04分:冷泉

6月10日(月)——。

冷泉版から、さらに多少の手を加えて完全版となった企画提案書はクライアントから大絶賛を受けた。早朝から東北の部長から電話とメッセージで「感動しました」と報告があり、本社の担当者からも同じことを言われた。今日一日でクライアントにチェックしてもらい、チェックバックを受けて最後の微調整に入る。徹夜。

6月11日(火)——。

完全版をクライアントが社長に見せて承認を得る。ヒゲの男は翌日から別件のプロジェクトがあるため、この時点でディレクターの役職を同僚のフジイさんへと引き継ぐ。クライアント側は、13日(木)には企画提案書を官公庁へ提出する。

6月12日(水)——。

山形県へ別件にて出張しなくてはならないため、伊丹空港へ向かう。会社の人間がオンラインチェックインをしてくれていたため、そのまま保安検査場に直行して搭乗口へは20分前に行けば良いので、空港到着はジャストの時間を狙っていた。

梅田駅にて、ヒゲの男が余裕かまして、伊丹空港まで阪急で行こうか直通バスで行こうか迷っていたとき、電話が鳴る。東北の部長さんからだ。

「阿守さ~ん、た~すけて欲しいんだ~」

「今ですか!」とヒゲの男は思った。移動しながら話せるような内容であればいいのだが・・・。

「どうしました」(ヒゲ)
「あんのう、見積積算書んとこなんだけど、数字を修正しないといけないんだけんども、なんか数字のフォントっちゅうかなんちゅうかが、阿守さんが作ってくれたものと同じになんねんだ。阿守さん、今どこにいるんだろって皆で話ししてて」(部長)
「これから飛行機なので、昼過ぎでも大丈夫ですか」(ヒゲ)
「それが、どうしても今日の昼までに数字を埋めた状態で社長に見てもらわなくちゃなんねんだ」(部長)

ヒゲの男はこの時点でパニックになった。

阪急で行くかバスで行くかを最優先で考えなくてはいけない状態であるが、同じく時間に制限のあるタスクが増えたからだ。フジイさんにお願いしようか、いや、お願いしているあいだに飛行機が行ってしまう。取りあえず阪急に乗ろう。阪急に乗りながら部長と話しをしよう。バスの中よりは人の迷惑になりにくそう。

ヒゲの男は阪急に飛び乗る。部長は「どうしたもんかなぁ」と東北訛り独特でのんびりとして抑揚が豊かな口調のまま電話の向こうで喋る。さすがに東北の美しい方言に対して「もっとサッサと喋ってくれへんか!飛行機出ますねん!」とは言えなかった。

山形への飛行機を次の便に変更しようかとも咄嗟に考えたが、部長と現在進行中で入札に提示する見積書の話しをしているため資料を開いており、スマホでANAの長ったらしいページを落ち着いて見ることなどできない。

阪急電車はこんなに遅かったのかという速度に感じる。蛍池駅からモノレールにも乗らないといけない。

アカン!

タクシーに切り替えようと、電話しながら十三駅で途中下車して交差点でタクシーを拾おうとするが、自分の後ろに杖をついた婆さんが同じくタクシー待ちに並んだ。部長は「阿守さんの指示は、オレではちょっとわかんねえんで、担当の課長に電話代わります」とのんびりのまま。

果たして空港駅から全力疾走でどれくらい速く走れるか、全裸で保安検査場に突っ込もうなどといろいろ考えていた。滑走路に侵入して飛行機ごと止めてやろうかとも本気で考えた。しかしながら、婆さんは暑さの中でヨロヨロしている。タクシーが目の前に停まった。

・・・。

目の前のタクシーをヒゲの男は婆さんに譲った。いろんな仕事は自分以外の人でもできるだろうが、今この婆さんにタクシーを譲ることは自分しかできないと感じた。パニック状態の中でそうするべきだと判断した。

婆さんを乗せた念願のタクシーは北の方角へ向かう。ヒゲの男は十三駅西口の交差点でスマホ片手にボケッと立っており、自然と笑いがこみ上げてきた。

「阿守さん、どうしたですか」(部長)
「部長、どうやら僕は飛行機を乗り過ごしました」(ヒゲ)
「あんれぇ、お~い課長、阿守さん飛行機乗り過ごしたってよ」(部長)
「今から会社帰って、僕が概算見積書の修正します」(ヒゲ)

ヒゲの男は早速、撮影班に連絡する。

すいません、飛行機に乗り遅れましたので別の手段で山形行きます

6月12日9時24分のLINE:ヒゲの男

マジですか!とりあえず山形に向かっときます

6月12日9時25分のLINE:撮影班

ヒゲの男は会社に帰り、コーヒーを淹れて、パワーポイントを開き概算見積書に数字を入力していく。「あれ?今日は出張じゃなかったですか」と社内の人に言われるたびに「飛行機に乗り遅れた」と説明して、そんなことあります?という顔をされる。

でも、最後まで企画提案書の制作に付き合えたことは幾分かホッとした。多分、こちらを中途半端にしたままで別のプロジェクトへ移行しても、両方が中途半端になっていたような気がする。パニックになりながらもとても良い経験をしたと感じた。

午前中には、修正した完璧な状態の企画提案書をクライアントに提出した。

非常に多くの関係者の皆さまのご協力の元、
一致団結することの楽しさを改めて教えてくれる仕事でした。
東北本社の会議室にて打ち合わせをしているとき、
その場にご臨席されている皆さまとミーティングしている最中、
鳥肌が立ったことが、本件制作にあたって大きな原動力となりました。

「この人たちに納得してもらえるような仕事をしよう」と
決心した瞬間です。ありがとうございました。

本事業の獲得に向けて、引き続きよろしくお願いいたします。

ヒゲの男からクライアントへのメール

ヒゲの男はメールと共に企画提案書を提出した後、約7時間遅れで山形に入った。やりきった感があったおかげで、一気に頭を切り替えることが可能となったのはメリット。

第一次審査の結果発表は6月20日(木)。その結果によって第二次審査は6月24日(月)、最終結果発表は6月26日(水)の予定だ。

6月13日(木)——。

山形から戻って木曜会に行く。冷泉にお礼を言わなくてはならない。

「冷泉、最後の最後にデザインしてくれてありがとう」(ヒゲ)
「あ、あれ、役に立ちましたか」(冷泉)
「役に立ったどころじゃなくて命を救われたわ。AIがあそこまでしっかり企画提案書のデザインできると思わへんかった」(ヒゲ)
「あー、あれは、AI、ほとんど使ってないですね」(冷泉)
「え、冷泉が自分でリデザインしたん!?」(ヒゲ)
「はい、もちろんAIの出してきたもんは参考にはしました」(冷泉)
「冷泉、デザインできるんや」(ヒゲ)

冷泉はウイスキーのショットグラスとハイボールのグラスを運慶・快慶のように眼前に並べて、ぐふふと笑いながらヒゲの男にいう。

「僕、デザインの学校、首席で、出てます」(冷泉)
「そうでした!!」(ヒゲ)

完全にそのことをヒゲの男は忘れてた。やっぱり最後の仕上げは冷泉自身の人の手やったんやと妙に納得でき、何よりも心が伝わってありがたかった。

6月21日(金)——。第一次審査発表日

さらに別件で新潟空港にいたヒゲの男、「第一次審査を通過した」とクライアント側から連絡が入ったので、嬉しかったと共にホッとした。本社の担当者とフジイさんは最終審査である対面式のプレゼンテーションに向かうための打ち合わせに入る。

協力してくれた冷泉、タッキー、浦部君に報告と感謝のメールを入れる。

6月26日(水)——。最終審査結果発表

ヒゲの男はまた別件で長崎県離島の壱岐にいた。レンタカーの後部座席で横になっていると、本社の担当者から電話がかかってきた。報告する用件は1つしかない。

「今しがた官公庁から連絡があり結果の報告がなされました」(担当)
幾分、担当者の声のトーンが沈んでいるが、これはすぐに小娘の演技だとわかった。その時点で自分たちがまさかの大事を成したのではと感じた。

「もう前置きはいいから、それで結果は」(ヒゲ)
「見事、獲得しました!最高得点でした」(担当)

車中でギャーっと絶叫した。

魂が震えて、腹の底から絶叫した。

気が変になりそうなくらい、車の中で飛び跳ねて転げ回った。担当者は泣いていた。電話で自分が何を言ったのかまったく覚えていない。ただただ、声が枯れるまで叫んでいたのだ。前夜の壱岐での壮絶なカラオケ大会によって声は若干枯れていたが、これがトドメだ。

ヒゲの男はすぐに東北の部長に電話する。互いにワーワー言い合って、会話になっているか、なっていないのかわからない状態だ。

「阿守さんね、確実に潮目が変わった瞬間あったですよ!阿守さんがね、わざわざ東北本社に来てくれて、私らにね『もっと熱量もって取り組んで欲しい!事業の向こう側におる税金払ってる県民の想いをきちんと背負って欲しい。体面ばかりにこだわらず原発事故で悔しい思いをしとる人たちの身になってくださいよ!この事業の本質に触れてくださいよ!』と私らに訴えた瞬間、一気に私ら本気になったですよ。潮目が変わったと肌で感じましたよ。最終審査のプレゼンでは最高の資料を持たせてもらっとる手前、ここで失敗したら死ぬくらいの気持ちで皆一丸でやりましたよ!」

ヒゲの男は部長からのその言葉を聞いて、涙が勝手に溢れてきた。

獲得するにあたって、必要なことを必要のままにしたら、当然の結果が出ただけなのに、こんなに激情を催すのはどうしてだろうか。ヒゲの男は会社にも朗報を報告する、会社はおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎになった。もちろん、冷泉と浦部君とタッキーにも連絡した。

6月27日(木)——。木曜会

壱岐から帰ってきたヒゲの男は木曜会へ向かう。パズルをしているファラオがおり、オルガン横のメイン席で冷泉とバズらせ屋のコースケ君がいる。

冷泉が立ち上がりながら「あ、阿守さん、エライことをホンマにやりましたね・・・」と低音の響く声でヒゲの男に何かを話し掛けようとしたが、そんなことどうでもいいのでヒゲの男は冷泉に抱きついた。

冷泉は、低い声で笑いながらもう何も言わなかった。

その日、木曜会が終わった後。厨房近くのカウンターでヒゲの男、冷泉、浦部君はずっとニヤニヤしながら酒を飲み続けている。3人の目の前には額装された結果通知書が置かれてある。いつまでもこれを見ながら飲み続けられる。結果は700点満点中、『572点』で第一位だった。

「僕は車のナンバーを572に変更するよ」と、車も持っていないヒゲの男はニタニタしながら言う。

「額装すると全然違いますね。テンション上がるわ」と浦部君も自宅でのミーティングを振り返りながら、酒を飲む。

冷泉は「喜楽」としか言わないが、深夜にも関わらず寿司を食べには行きたいと訴える。結局、寿司ではなく一蘭になったが。

共通の友人でチンピラの男と呼ばれる人がいる。チンピラの男の息子はドラムを叩いていて、全国のコンテストで優勝した。そのときもこんなにドーパミンが噴出するような達成感だったのだろうか、もしそうだとしたら、心臓がもたないなとヒゲの男はぼんやりと考える。

通知書が収まっている額はこの日、フジイさんと会社近くの店へ買いに行った。通常なら1,500円だが箱が古くて汚いのでとお店の人が1,200円にまけてくれた。

フジイさんが道中で独り言のように言う。

お金じゃないんですよね。お金では絶対に買えない信頼を勝ち得た。それがめちゃくちゃ嬉しいんです。めちゃくちゃ。

『お喜楽プロジェクト:第一弾』は、誰も予想していなかった成果を上げることとなった。

【喜楽】
喜ぶこと。楽しむこと。喜んで楽しむこと。


次回の木曜会は7月4日(木)です。是非、皆さんお越しください。


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